2013年7月9日火曜日

肯定することと否定すること

これは、香り・匂いの研究ばかりではなく、あらゆる現象の探究に通じることだが、一つのものごとを「これこれである」と、私たちが結論を出さなければならない場合がある。

そして、またその反対に、それは「これこれでない」と否定せねばならぬケースがある。

この、いずれが、よりむずかしいだろうか。

私は、このことを古代ギリシャ語・古代ギリシャ文学の大家であり、言語学者としても有名だった高津春繁(こうず・はるしげ)先生にギリシャ語・ギリシャ文学とともに、教えて頂いいた。

古代ギリシャ語は、ラテン語とちがって、完全な「死語」だ。ラテン語は、いわば「半死語」である。いまでも生物の学名などに使われるからである。

ラテン語は、ローマ帝国(厳密には西ローマ帝国)が滅んでからも、宗教や学問などの世界で、ほそぼそと生き続け、発音や文学なども少しずつ変化しながら、ごく一部の人びとに使われ続けた。

中世にはいると、教会ラテン語が俗世間の文字その他の影響をうけ、たとえば“ave”(正しい発音は、西暦前1世紀頃のラテン語発音と定められていた「アウェ」[こんにちは、いらっしゃい、ごきげんようといった意味]なのだが、これが中世の教会では「アヴェ」とと発音されるようになった。

賛美歌はみんな教会ラテン語で歌われた。だから、本来は、アウェマリアなのだが、シューベルトの「アヴェマリア」、グノーの「アヴェマリア」ということになった。

学者たちは、ラテン語で論文を書いた。べつに人に読み聞かせるものではないので、学者たちは、各自、勝手な発音で読んだ。文法と単語の綴りさえ正確なら、何も問題はなかった。

ニュートンの『Principia (プリンキピア)正しくは、「自然哲学の数学的原理」』は、絶対時間・絶対空間・質量・その媒質内の運動・流体運動、さらに有名な万有引力の法則に基づく、天体の運動の解説によるニュートン宇宙論を提唱した。これは、もちろんすべてラテン語で書かれた。

フランスの学者デカルトも、もとよりラテン語で論文を書いた。ギリシャ語で論文を書いた学者は、どうもいないようだ。

だから、当時のヨーロッパには翻訳家はいなかった。どの国でも学問も宗教も、ラテン語を自在に読み書きできるごく一部の特権階級のものだった。

さて、高津春繁先生は、ギリシャ語はラテン語と異なり完全な死語なので、各方言の差異、文法、ボキャブラリーが時代とともに変化した歴史をたどりやすいことなどを、わかりやすく解説された。
そして、しかじかの語法は、あるか、ないかを肯定するのが容易か、否定するほうがらくか、という問いを発された。

これは、考えてみれば、すべての学問に通じる問題でもある。私たち学生は考え込んだ。

高津先生は言われた。

「それはね。肯定するほうが容易なんですよ。ことギリシャ語のような死語に関してはとくにね。
なぜかと言えば、『ここに、その用例がある』ということを一件でも提示すれば、それが“肯定”ということになるからだ。
だが、このような語の用例が一件もないかどうかを、現存しているギリシャ語の全文献を一つも余さず綿密かつ丹念に読んで読んで読み抜いて、例外なしに、その『用例はない、存在しない』と言えなければ、否定したことにならないのですからね」。

古代ギリシャ語は、ざっというと、前8世紀から前6世紀のアルカイック期、前6世紀から前4世紀の古典期、そして前4世紀から後6世紀のヘレニズム期に分類される。前6世紀から前4世紀の古典期が、私たちがイメージしやすいギリシャ文明の典型的なかたちで、この時代の文献は、かなり豊富に残っている。

いずれにせよ、肯定するには一例ですむが、否定するには非常な困難が伴うものであり、決してらくなことではない、という真理を私はこのとき心に刻んだ。

アロマテラピーについて考えてみよう。ある精油が、これこれの肉体の異常に効く、といとも簡単に書いてある本が多い。たしかに1例でもそうしたケースがあるなら、それはウソではなかろう。

しかし、私たちは可能なかぎり、エビデンスに立脚してそれを確かめなければならない。それが本当でないと証明し、否定するのは容易でないからである。

ことに、英国人の肌質と日本人の肌質は異なる。たとえば、英国のアロマサロンでトリートメントをうけた女性は、キッチンタオルペーパーで体をぬぐうだけで、さっさと下着をつけてしまう。英国人女性の肌は、まるでティッシュペーパーか吸い取り紙(古い表現ですみません)などのように、キャリヤーオイルをさっと吸い込んでしまう。

だが、日本人女性の場合はトリートメントのあとシャワーと浴びて石けんで体表のキャリヤーオイルをすっかり洗い流してしまわないと、下着がつけられないと聞く。日本人むきのアロマテラピー技術を、よく考えなければならないゆえんだ。

私は、アロママッサージをしたあとは、少なくとも、日本人は1~2時間は体を冷やさないようにして、皮溝に残ったキャリヤーオイル中の精油分を皮膚に吸い取らせるのが理想的かと思う。
アロマセラピストをこころざす方に、このことを提案させて頂く。



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