さて、前回にのせた感想と同じことを、NHK出版の大場編集長にお伝えしたところ、塩田氏は、たとえこの療法がルネ=モーリス・ガットフォセが「アロマテラピー」と名付けようと、自分は医療という意味を強調したいので、あくまでもアロマセラピーと称し続けるとおっしゃっていた、と大場氏からお話があった。
だだっ子のような人を相手にしてもしようがないと思ったが、やはり正しいことをお知らせするのが私の義務だと感じた。
しかし、これはまず塩田氏の認識不足からきていることは、同書61ページにこうあることからはっきりわかる。
「みなさんは、アロマセラピーという言葉を頻繁に耳にしていることでしょう。(私はアロマテラピーという言葉のほうを、より頻繁に聞いたり、見たりする が―高山)。
aromaとはギリシャ語で香りや香辛料の意味で(これは誤り。aromaはもとをたどればギリシャ語にまでさかのぼるが、ルネ=モーリス自身はこれをラテン語とはっきり認識していた―高山)。
セラピーは治療のことです(ギリシャ語にセラピーなどという語は存在しない―高山)。精油を用いた治療法を確立・体系化したフランスの化学者ルネ・モーリス・ガットフォセ(原書ママ)(1881-1950)が、この二つの言葉を合成して創り出しました。現在では、アロマセラピーとは『精油を薬剤として用いた医療』というのが、一般的な定義になっています」。
René-Maurice Gattefosséが創り出したのは、ギリシャ語をもとにしたラテン語で芳香・香辛料を意味するaroma(アロマ)と、同じくギリシャ語のhealingの意味に由来するtherapeia(テラペイア)とを合体させたものであり、どうしてもアロマテラピー(正しくはarɔmaterapi と発音する。日本語のように“l” と“r”とを同じに発音する言語と違い、“r”は、舌背を高くした破擦音で出すが、口蓋垂をふるわせるかして発し、théはどうあっても、テ[te、厳密にはつぎにraがくるので、やや口をひらいて tɛと発音するフランス人が多い]でないとおかしい。なぜ、著者はここでいちおうアロマテラピーとしておいて、私はこれこれの理由で、わざわざこれをアロマセラピーと英語読みすることにしますと、そうするわけをここで詳しく説明しないのか。いや、できないのか。
relaxation は、大場編集長によると、塩田氏からこれを「リラクゼーション」と説明する理由はついになかったとのこと。人間は「リラックス」する。その名詞形は「リラクセーション」だ。「リラクゼーション」だとあくまでこだわられるなら、その動詞は「リラックズ」ということになり、さしずめ人間の「クズ」が行うことだろう。
65ページ
「たとえば、サンダルウッド(白檀)の主成分であるα‐サンタロールについて、経鼻吸収した場合と経皮吸収した場合の作用を比較すると、経鼻吸収では興奮作用、経皮吸収では鎮静作用という、正反対の作用を示したという報告があります」。
その参照資料名をなぜ記載しないのか。いったいいつの研究なのか。私がこれにこだわるのは、ほんもののインド・マイソール産のサンダルウッド油は、現在ではまず入手不可能だからだ。ニセモノのサンダルウッド油での研究結果など不要。ここをはっきりさせてほしい。この本のうしろに載せてある精油会社のサンダルウッド油は、さまざまな意味で、すべてニセモノだ。
76ページ
ルネ=モーリス・ガットフォセがアロマテラピー(塩田氏のいうアロマセラピー)の研究にのめりこむようになったきっかけは、1910年の実験室での爆発事故でした。
とあるが、ルネ=モーリスの孫娘夫妻に確認したところ、この事故は、1915年7月15日のことだったとはっきりわかった。訂正をお願いする。
この日は、 ルネ=モーリスの最初のこどもが生まれる日で、彼も冷静さを欠き、このような事故をおこしてしまったとの話であった。
しかも、身近にラベンダー油を入れた容器などなく、ルネ=モーリスは上半身火だるまになって研究室からとびだし、芝生の上をころがりまわって火を消した。しかし、ひどい火傷を左手、頭部、上背部に負ってしまった彼は、病院にかつぎこまれ、3か月もの入院を余儀なくされ、ずっと医師からピクリン酸による治療をうけていた。
しかも、患部は壊疽化し、ガス壊疽化したとのことだ。
この段階で、はじめてルネ=モーリスはラベンダー油の使用に想到し、それによって一定の効果が得られた(この点、いろいろ疑問が残るが)。事実をしっかり確認して、(調べればわかることなのだから)お書き頂きたい。
医学の知識のない彼が、この療法を体系化し、確立したなど、とんでもない話である。
だいたい、アロマテラピー(塩田氏のアロマセラピー)などということばを一目見ても、これが医学・薬学・比較病理学などとはまったく無縁の、(しいていえば、ぐらいのところだろう)香料化学者・調香師程度の人間、塩田先生のような医学的な知識の塊のような方とは縁もゆかりもない人間の造語だとすぐわからなければヘンである。