ナツメグ(Myristica fragrans)油
ナツメグは肉荳蔲(にくずく)といわれるニクズク科の高木で、樹高は10メートルぐらいになる。雌雄異株で黄白色の花を咲かせ、球形の液果をつける。正確には、この種子の仁(にん)がニクズクで、香りがあって、中国人は7〜8世紀ごろからこれを薬用にしていた。健胃作用を利用したのである。ヨーロッパ人がこのニクズクすなわちナツメグを香味料として使いはじめたのは15世紀以降(中国人は香味料としては後代までこれを用いなかった)である。
このニクズクの実を蒸留抽出した精油がナツメグ油で、淡い黄色を帯び、強い芳香を放つ。
原産地は、インドネシア、マレー半島、スリランカ、パプアなど。
この熟した実を前述のように、乾燥させたのち蒸留して精油をとる。
・主要成分(%で示す)ウエストインディアン種とイーストインディアン種とがある。この2種は、それぞれ若干の成分差がある。
ウエストインディアン種 イーストインディアン種
α-ピネン 10.6〜13.2 19.2〜26.5
β-ピネン 7.8〜12.1 9.7〜17.7
サビネン 43.0〜50.7 2.2〜3.7
ミルセン 3.4〜3.5 2.2〜3.7
α-テルピネン 0.8〜4.2 0.8〜4.0
リモネン 3.1〜4.4 2.7〜3.6
1,8-シネオール 2.3〜4.2 1.5〜3.2
γ-テルピネン 1.9〜4.7 1.9〜6.8
テルピネン-4-オール 3.5〜6.1 2.0〜10.9
エレミシン 1.2〜1.4 0.3〜4.6
ミリスチシン 0.5〜0.9 3.3〜13.5
イーストインディアン種ナツメグのほうが一般に調香師に好まれる。
・偽和の問題
合成したモノテルペン類(ミルセン、カンフェン、テルピノレン、ピネン)を加えたり、ティートリー油や各種の植物から安上がりに抽出したミリスチシンを入れたり、脱テルペンしたナツメグ油のテルペン類を再利用して増量することが、ひんぱんに行われているのが現状と思って頂きたい。
・毒性
LD50値
ラットで0.6 - 2.6g/kg(経口)
マウスで5g/kg(経口)
ハムスターで5g/kg(経皮)
ウサギで>10g/kg(経皮)
刺激性・感作性
ヒトにおいて2%濃度で、これらはいずれも認められなかった。
光毒性
試験例は報告されていない。
注 ナツメグの毒性は、主としてそのミリスチシンに由来する。その毒性の強弱は、ミリスチシンの含有量に依存する。ナツメグを挽いた粉を多量に服用すると、幻覚を見たり、視覚障害が生じたり、錯乱状態になったり、異常な睡眠状態を誘発したりする。
また、ナツメグを過剰摂取すると、嘔吐を催したり、顔面潮紅をおこしたり、ドライマウスになったり、癲癇様の発作をおこしたりする。
これは中枢神経系に異常が起きるためである。
・作用
In vitroで試験した結果、モルモットの回腸で激しい痙攣惹起作用を示した。サルにミリスチシンを投与したところ、運動機能障害と失見当識(自分がいまどこにいるか、相手が誰なのか、どうしてここにいるのか、人間だったら何者なのか、いまは何年何月何日なのか、といった認識ができなくなってしまう状態)とが生じた。ネコにミリスチシンを与えると、モルヒネを投与した場合と同様な興奮状態を呈したという報告もある。
ただし、実験ザルの失見当識というものがどういう症状を呈するのか、私にも見当がつかないが。
抗菌効果 この作用は極めて強力。
抗真菌効果 さして強力ではない。
抗酸化作用 相当強力な抗酸化作用がウエスト・イースト両種のナツメグの精油において報告された。
・用途
ナツメグ油と、それが含むミリスチシンとエレミシンは、ヒトに対して鎮静効果を発揮し、気持ちを鎮め、安心させる力がある。ナツメグ油は、駆風作用がある(あまりアルコール度数の高くないアルコール飲料〔1mlぐらい〕に、その10%程度のこの精油を入れて飲用する。腸内ガスが屁となって排出される)。ナツメグ油は、プロスタグランジン(多くの組織中にある生理活性物質の1種。降圧作用・気管支収縮・子宮収縮・血管収縮およびその正反対の血管拡張・血小板凝集の誘発またはその阻害・免疫抑制・利尿・睡眠誘発などさまざまな効果を示すホルモン様物質)の合成を阻害する働きがある。これに関連して、プロスタグランジンのせいでおこる下痢症状をなおしたケースが多々報告されている。
また、ナツメグ油は血小板の凝集を阻害することが in vitroで認められている。したがって、冠状動脈血栓症などに効果がありそうに思われる。
さらに、ナツメグ油は獣医学でも用いられてきている。用途は多岐にわたるが、とくに下痢に有効だそうである。
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