いつも『R 林太郎語録』をご覧いただきありがとうございます。
2015年9月26日 当ブログ筆者の高山林太郎が逝去いたしました。
ここに生前のご厚誼に深謝し、謹んでお知らせ申し上げます。
初夏に体調を崩し、闘病中でありましたが、ブログへの執筆意欲は衰えず、
ペンを取れない状況にあっても、口述によって原文を用意し最後の最後まで、
ブログの更新を望んでおりました。
また、どんな状況に於いても、現代の日本のアロマテラピーが、
正しい情報によって、発展することを願っておりました。
1985年に『The Art of AROMATHERAPY アロマテラピー<芳香療法>の理論と実際』を
翻訳して以来、自分が翻訳した内容によって、誤った情報が流布されたことを悔やみ、
それらを改めて広めることを願っていました。
翻訳する際には、正しいニュアンスであることを丹念に推敲し、
時には著者の元へ赴き調べ上げ、その探究心は留まることを知りませんでした。
このブログを開設するきっかけとなった著書
『誰も言わなかった、アロマテラピーの《本質:エッセンス》』を、
新たに修正して書籍とする準備も進めておりました。
それらが叶わなかったことが大変口惜しい限りです。
ブログに未掲載の原稿がまだ残っております。
いつしか、その原稿を記載できる時まで、お待ちいただけると幸いです。
なお、お問い合わせいただいた件は、順次わかる範囲でお答えしていきますので、
今しばらくお待ちくださいますようお願い申し上げます。
安らかなご冥福をみなさまと共にお祈りしたいと存じます。
********************************************************
通夜、告別式の日程は以下の通りです。
通夜
9月29日 18:00~19:00
告別式
9月30日 11:00~12:00
場所
富士見ヶ丘駅前ホール
住所
東京都杉並区高井戸西2-8-1
交通
井の頭線 富士見ヶ丘駅前
電話
03-5344-4949
2015年9月28日月曜日
2015年7月7日火曜日
ティートリー油についてもっと詳しく-2
この記事は、前回の「ティートリー油についてもっと詳しく-1」の続きです。
以上のほかに、セスキテルペン類が10種以上(その総量は0.2%)、酸化セスキテルペン類が4種、未知の成分が20種以上(0.1%)含まれている。市販のティートリー油には、ヘキサノール、アリルヘキサノエート、カンファー、ピペリトンが添加されていることが多い。
ティートリー油は、通常、皮膚に適用され、皮膚から体内に吸収される。
一般に分子のサイズが小さいほど、皮膚に吸収されやすい。したがって、ティートリー油は、たとえばオリーブ油などよりはるかに経皮吸収されやすい。
ティートリー油は、未希釈のまま皮膚にすりこむと、数分のうちに皮膚内部に吸収される。この吸収されるスピードは、皮膚の温度に依存し、皮膚温が高いほど吸収される速度は高まる。肌が暖かいほど、毛孔は開き、皮脂腺・汗腺などの活動も盛んになり、血流も勢いが増大する。
ティートリー油は、組成成分の協働・相乗効果により、いっそうその吸収される速度がアップされる。
ティートリー油も、質のよいものとよくないものとが市販されているのが現状である。ここで、平均的なティートリー油のMIC値(微生物の最小発育阻止濃度)を示したい。ティートリー油は大半の病原性のグラム陰性菌、グラム陽性菌ならびに真菌にたいして、0.25~1.0%v/v(体積濃度)のレンジで効果を示す。
In vitroでの数百回に及ぶ試験により、ティートリー油(<シネオール分<5%、テルピネン-4-オール分>40%のもの)は、下記のものを含む広いスペクトラムの微生物に効果を示す極めて効果的な精油であることがわかった。
・グラム陰性菌(ならびにそれに有効なティートリー油量をv/vで示す)
・グラム陽性菌
・真菌類
(注)抗真菌力の強い精油はあまりないので、その意味でもとくにティートリー油の存在は貴重である。
以上のほかに、セスキテルペン類が10種以上(その総量は0.2%)、酸化セスキテルペン類が4種、未知の成分が20種以上(0.1%)含まれている。市販のティートリー油には、ヘキサノール、アリルヘキサノエート、カンファー、ピペリトンが添加されていることが多い。
ティートリー油は、通常、皮膚に適用され、皮膚から体内に吸収される。
一般に分子のサイズが小さいほど、皮膚に吸収されやすい。したがって、ティートリー油は、たとえばオリーブ油などよりはるかに経皮吸収されやすい。
ティートリー油は、未希釈のまま皮膚にすりこむと、数分のうちに皮膚内部に吸収される。この吸収されるスピードは、皮膚の温度に依存し、皮膚温が高いほど吸収される速度は高まる。肌が暖かいほど、毛孔は開き、皮脂腺・汗腺などの活動も盛んになり、血流も勢いが増大する。
ティートリー油は、組成成分の協働・相乗効果により、いっそうその吸収される速度がアップされる。
ティートリー油も、質のよいものとよくないものとが市販されているのが現状である。ここで、平均的なティートリー油のMIC値(微生物の最小発育阻止濃度)を示したい。ティートリー油は大半の病原性のグラム陰性菌、グラム陽性菌ならびに真菌にたいして、0.25~1.0%v/v(体積濃度)のレンジで効果を示す。
In vitroでの数百回に及ぶ試験により、ティートリー油(<シネオール分<5%、テルピネン-4-オール分>40%のもの)は、下記のものを含む広いスペクトラムの微生物に効果を示す極めて効果的な精油であることがわかった。
・グラム陰性菌(ならびにそれに有効なティートリー油量をv/vで示す)
Escherichia coli | (大腸菌) | 0.25-0.5 |
Klebsiella pneumoniae | (肺炎桿菌) | 1.0-2.0 |
Citrobacter spp. | (腸内細菌科の一属でクエン酸を炭素源として利用 する運動性細菌類) |
0.5-1.0 |
Shigella sonnei | (ゾンネ赤痢菌) | 0.5 |
Proteus mirabilis | (プロテウス属菌) | 0.5-1.0 |
Legionella spp. | (レジオネラ属の肺炎菌類) | <0.75-1.0 |
Pseudomonas aeruginosa | (シュードモナス属の緑膿菌) | 2.0-5.0 |
Pseudomonas fluorescens | (シュードモナス属の細菌。 土・水・腐敗した食物などに見出されるもの) |
5.0 |
Vibrio fluvialis | (ビブリオ属の食中毒菌) | 0.625 |
・グラム陽性菌
Staphylococcus aureus | (黄色ブドウ球菌。 中毒性ショック症候群をおこし、それに伴って、 腎・肝・中枢神経の各種症状を惹起し、また 蜂窩織炎、膿血症、肺炎、髄膜炎、心内膜炎などを 生じさせる病原性菌) |
0.25-1.25 |
Staphylococcus epidermidis | (表皮ブドウ球菌) | 0.5-2.5 |
Listeria monocytogenes | (リステリア菌) | 0.75 |
Micrococcus luteus | (髄膜炎菌の原因菌) | 0.75 |
・真菌類
Trichophyton mentagrophytes | (毛瘡白癬菌。 イヌ、ウマ、ウサギ、マウス、ラット、キツネ、 ヒトなどで皮膚糸状菌症を発症させる真菌) |
0.75 |
T.rubrum | (紅色白癬菌。足白癬や股部白癬、 爪の感染症の原因真菌) |
0.5 |
Aspergillus niger | (黒色アスペルギルス。 病原性をもつことは稀。外耳道にみられる) |
1.0 |
Aspergillus flavus | (黄色アスペルギルス。 ヒトや動物類に侵襲性アスペルギルス症をおこす) |
0.25-0.75 |
Candida albicans | (カンジダアルビカンス。 体内の微生物叢のバランスが崩れたり、 自己免疫力が低下したときに、粘膜感染症、 心内膜炎、敗血症、髄膜炎を含む 重い致命的な多様な疾患を引きおこす) |
0.25-1.25 |
Microsporum canis | (イヌ小胞子菌。 イヌ・ネコの白癬の主要となり、ヒトにも感染する) |
1.0 |
Microsporum gypseum | (石膏状小胞子菌。 イヌ・ウマの皮膚糸状菌症の原因となる) |
1.0 |
Penicillium spp. | (ペニキリウム属。 ペニシリンを産生するものもあれば、 病原性のものもある) |
0.75 |
(注)抗真菌力の強い精油はあまりないので、その意味でもとくにティートリー油の存在は貴重である。
2015年6月26日金曜日
ティートリー油についてもっと詳しく-1
ティートリーというオセアニア原産の木本植物から抽出された精油は、この高木自体がヨーロッパ人に知られてからの歴史も浅く、香料原料とされてこなかったこともあり、アロマテラピーでもまだまだ、それにふさわしい扱いをうけていないように思う。
そこで、このティートリー油について、いくつか思いつくままに、それの特色、注目すべき点、身近な利用法などについて、2回にわたって載せてみようと考えている。
フトモモ科(Myrtaceae)には、何千もの種・亜種が含まれる。この科の植物のほとんどが、エッセンスを収めたエッセンス嚢を有する芳香を放つ葉をもつ。
マートル(ギンバイカ)、ニアウリ、ベイラム(ピメンタ)、カユプテ、クローブ、そしてユーカリ、ティートリーなどがこの科に属する。
ティートリーは、フトモモ科に属するMelaleuca属(コバノブラッシノキ属)の樹木の一種で、コバノブラッシノキ属には、150種にもなるティートリーの各種がある。
この中でもっもと有名なのがMelaleuca cajuputi(カユプテ)とMelaleuca quinquenervia(ニアウリ)であり、いずれも殺菌作用で名高い。しかし、それに次いで有名なMelaleuca alternifolia(ティートリーのスタンダードになる種)の精油には、広いスペクトラムのひときわパワフルな殺菌力がある。
ティートリーは、オーストラリアのニューサウスウェールズの比較的狭小な地域に生育する。
このほかの地区でも、この植物は育たないわけではないが、それから抽出した精油が殺菌力においてはるかに弱いのは、なぜだろうか。
学名のMelaleuca alternifoliaについて考えてみよう。Melaは「黒い」、「ダーク」なという意味、leuca(文法上leuconが原形)は「白い」を意味する。この樹木の外観からきた名である。黒を思わせる濃緑の葉と白い幹との色の対比を思いうかべてほしい。種小名のalternifoliaは「葉が交互についている」ということである。
ティートリー油の成分は、1968年に12種が、1978年に48種がつきとめられた。現在はさらに多くの成分の存在が判明しつつある(100種をはるかに超している)。これらの成分はいずれも協働的・相乗的に作用して、ティートリー油の有効性を担保している。その有効性には、他の精油類にはみられぬユニークなものがある。
ティートリー油には、テルペン類、ピネン類、シメン類、テルペン系シネオール類、セスキテルペン類、セスキテルペンアルコール類が含まれ、さらに植物には通常含まれない少なくとも4種の特殊な組成成分が見出されている。それはビリジフロレン(0.95%)、β-テルピネオール(0.25%)、L-テルピネオール(痕跡量)、アリヘキサノエート(痕跡量)である。
原木をランダムに選んで、葉を採取して蒸留してみても、たとえばシネオール含量には2%から60%ないしそれ以上のひらきがある(植物学的にはすべて同一の原木なのにである)。
このティートリー油の主要成分の一つ、1.8-シネオールは、ご存じのとおりユーカリ油に多量に含まれている成分である。これがユーカリ油のカンファーに似た、いかにもユーカリらしい香りに貢献している。ティートリー油のシネオール分が異常に多いときには、そのティートリー油はユーカリ油で偽和されている可能性がある。シネオールは皮膚に浸透しやすい特性がある。これが腫れものなどに有効なのだが、15%を超す含有量だと、皮膚刺激作用を示し、アレルゲンとなる。
この成分に関することは、あとで改めて述べることとして、いまわかっているティートリー油の主要な成分をまずあげておきたい。もちろんこれは一つの目安である。
成分(%で示す)
そこで、このティートリー油について、いくつか思いつくままに、それの特色、注目すべき点、身近な利用法などについて、2回にわたって載せてみようと考えている。
フトモモ科(Myrtaceae)には、何千もの種・亜種が含まれる。この科の植物のほとんどが、エッセンスを収めたエッセンス嚢を有する芳香を放つ葉をもつ。
マートル(ギンバイカ)、ニアウリ、ベイラム(ピメンタ)、カユプテ、クローブ、そしてユーカリ、ティートリーなどがこの科に属する。
ティートリーは、フトモモ科に属するMelaleuca属(コバノブラッシノキ属)の樹木の一種で、コバノブラッシノキ属には、150種にもなるティートリーの各種がある。
この中でもっもと有名なのがMelaleuca cajuputi(カユプテ)とMelaleuca quinquenervia(ニアウリ)であり、いずれも殺菌作用で名高い。しかし、それに次いで有名なMelaleuca alternifolia(ティートリーのスタンダードになる種)の精油には、広いスペクトラムのひときわパワフルな殺菌力がある。
ティートリーは、オーストラリアのニューサウスウェールズの比較的狭小な地域に生育する。
このほかの地区でも、この植物は育たないわけではないが、それから抽出した精油が殺菌力においてはるかに弱いのは、なぜだろうか。
学名のMelaleuca alternifoliaについて考えてみよう。Melaは「黒い」、「ダーク」なという意味、leuca(文法上leuconが原形)は「白い」を意味する。この樹木の外観からきた名である。黒を思わせる濃緑の葉と白い幹との色の対比を思いうかべてほしい。種小名のalternifoliaは「葉が交互についている」ということである。
ティートリー油の成分は、1968年に12種が、1978年に48種がつきとめられた。現在はさらに多くの成分の存在が判明しつつある(100種をはるかに超している)。これらの成分はいずれも協働的・相乗的に作用して、ティートリー油の有効性を担保している。その有効性には、他の精油類にはみられぬユニークなものがある。
ティートリー油には、テルペン類、ピネン類、シメン類、テルペン系シネオール類、セスキテルペン類、セスキテルペンアルコール類が含まれ、さらに植物には通常含まれない少なくとも4種の特殊な組成成分が見出されている。それはビリジフロレン(0.95%)、β-テルピネオール(0.25%)、L-テルピネオール(痕跡量)、アリヘキサノエート(痕跡量)である。
原木をランダムに選んで、葉を採取して蒸留してみても、たとえばシネオール含量には2%から60%ないしそれ以上のひらきがある(植物学的にはすべて同一の原木なのにである)。
このティートリー油の主要成分の一つ、1.8-シネオールは、ご存じのとおりユーカリ油に多量に含まれている成分である。これがユーカリ油のカンファーに似た、いかにもユーカリらしい香りに貢献している。ティートリー油のシネオール分が異常に多いときには、そのティートリー油はユーカリ油で偽和されている可能性がある。シネオールは皮膚に浸透しやすい特性がある。これが腫れものなどに有効なのだが、15%を超す含有量だと、皮膚刺激作用を示し、アレルゲンとなる。
この成分に関することは、あとで改めて述べることとして、いまわかっているティートリー油の主要な成分をまずあげておきたい。もちろんこれは一つの目安である。
成分(%で示す)
α-ピネン | 2.5 | γ-ムウロレン | 痕跡量 | |
α-p-ジメチスチレン | 痕跡量 | グロブロール | 0.2 | |
レドール | 痕跡量 | ビリジフロール | 0.1 | |
ロシフォリオール | 痕跡量 | スパツレノール | 痕跡量 | |
cis-p-メント-2-エン-1-オール | 0.1 | テルピネン-4-オール | 40 | |
α-ブルネセン | 痕跡量 | カンフェン | 痕跡量 | |
α-ツエン | 0.9 | β-ピネン | 0.3 | |
α-アモルフェン | 痕跡量 | p-シメン-8-オール | 痕跡量 | |
リナロール | 痕跡量 | サビネン | 0.2 | |
α-クベベン | 痕跡量 | α-フェランドレン | 0.3 | |
α-イランゲン | 痕跡量 | 1.9-シネオール | 痕跡量 | |
cis-サビネンハイドレート | 痕跡量 | リモネン | 1.0 | |
β-フェランドレン | 0.9 | 1.8シネオール | 0.1 | |
α-グルユネン | 0.2 | トランス-ピペリトール | 痕跡量 | |
テルピノレン | 3.2 | クベノール | 0.1 | |
メンチュオイゲノール | 痕跡量 | β-カリオフィレン | 0.1 | |
アロマデンドレン | 1.4 | β-グルユネン | 0.1 | |
β-エレメン | 0.1 | δ-カジネン | 1.2 | |
アロ-アロマデンドレン | 0.3 | α-フムレン | 痕跡量 | |
ビリジフロレン | 1.0 | α-テルピネオール | 2.3 | |
α-ムウロレン | 0.1 | トランス-p-メント-2-エン-1-オール | 0.2 | |
パルストロール | 痕跡量 | ビシクロドルマクレン | 0.1 | |
γ-シメン | 2.8 | ミルセン | 0.5 | |
トランス-サビネンハイドレート | 痕跡量 | cis-ピペリトール | 痕跡量 | |
カジナ-1.4-ジエン | 0.1 | α-テルピネン | 10.4 | |
カラメネン | 0.1 | ネロール | 痕跡量 | |
α-コパエン | 痕跡量 | トランス-6-オシメン | 痕跡量 | |
1.2.4-トリヒドロオキシ-p-メンタン | 痕跡量 |
2015年5月23日土曜日
ジャン・バルネは、大戦中はもとより第1次インドシナ戦争中にもアロマテラピーを実践していなかった!
ポーランドの作家、シェンキエヴィチの小説”QUO VADIS”に登場する人物に、キロ・キロニデスなる毒舌家がいる。
キロニデスに言わせると、この世には、頭蓋骨の中に脳味噌を入れていて、物事をヒトとしてマトモに考察できる人間と、頭蓋骨に膀胱を鎮座させていて、外見こそ人間だが、ものごとをロクに考えることもできない「エセ人間」がいるらしい。
この「膀胱人間」を、化学用語の芳香族をモジって「膀胱族」と、かりに呼ばせてもらおう。
アロマテラピーの中興の祖、ジャン・バルネは、1920年にフランスのフランシュ:コンテ地方(フランス東部に位置する、昔の州名)に生まれた。ラ・フレーシュ陸軍幼年学校を卒業したのち、陸軍衛生学校で医学の基礎を学んでいた。
ジャン・バルネが20歳の時の1940年5月10日、ナチスドイツ軍はフランスの誇るマジノ線という現代版万里の長城みたいなチャナなしろものをアッという間もなく突破し、開戦からたったの1カ月すこしでフランスを手もなくねじ伏せ、フランスはあっけなく(だらしなく)、ナチスドイツに降伏した。その原因は多々あげられるが、時のフランス陸軍総司令官モーリス・ギュスターブ・ガムランが脳梅毒で思考力がゼロになっていたことが何よりも大きい(こんな男は「膀胱族」の最たるものだろう)。
そしてまた、軍の先頭で将兵を指揮すべき立場にあったシャルル・ドゴールが戦場を放棄してはやばやと英国に逃亡してしまって、フランス軍をしっかり統率しうる人物が皆無だったことも、フランスの敗因だった。
こうした状況下で、ナチスドイツ軍がかなり手を焼いたのが、フランス国内で、占領軍と、ナチスドイツの傀儡(かいらい)政権との威嚇に屈しないで対独闘争を展開していた対独抵抗勢力(レジスタンス派)であった。
学業半ばの21~22歳の学徒だったジャン・バルネ青年も、このレジスタンスに身を投じた。とはいっても、彼の年齢を考えてほしい。こんな若僧がメスを振るって負傷兵の本格的な手当てにあたることなどムリだ(注射はできたが)。ジャン・バルネ青年の任務は、もっぱらペニシリンなど最新の医薬品や消毒剤、包帯用品、注射器、メスなどを実際の負傷兵の応急装置を講じる先輩医師たちに、夜の闇にまぎれて届けることだった。
彼は書いている。
「1945年2月、ブザンソンにおかれた412後送病院で外科業務に配属されていた私は、最も危険な場合を含めて、戦傷の治療にペニシリンが果たすめざましい効果のかずかずを学ぶことができた。
ある晩のこと、コルマールでの戦闘のあと、数時間のうちに400名以上の負傷者を受け入れることになり、私はストランスブールに行って、私たちに必要なペニシリンの補充分をとってこなければならなくなった。1945年2月のブザンソン=ストランスブール間の往復の行程は、まさに大変な旅であった。雨氷、砲弾の跡、ふつうならとっくに引退しているようなジープのすり減ったショックアブソーバー、こういったもののすべてのせいで、しっかりした注意力が失われ、脊柱の頼りないバランスが手ひどく痛めつけられた。私は一晩中旅行をして、朝の5時ごろストラスブールのペニシリン保管所についた。
日がのぼったとき、私はそれぞれ10万単位のペニシリンを50ボトル入れた箱を2箱、車に積みこむことができ、そのまま412病院にもどった。
10万単位のペニシリン計100ボトル、すなわち1,000万単位のこの抗生物質ペニシリンで、当時は60本ほどの『脚』を助けることができ、(この頃は10万単位から20万単位で十分だった)、20体の『腹部』、あるいは同数の『胸部』を救うのに十分だったのである。」
当時のジャン・バルネは正式な軍医ではなかった。軍医の助手であり、見習いであった。だから、彼が傷病兵に行っていたのは、あくまで、本物の軍医が執刀し、施術する前の予備的治療であった。つまり、負傷兵に術前措置としてペニシリンを3時間おきに25,000単位ずつ注射していた。これは、もとより先輩上司の軍医の指示に従ってのことだった。
こんな戦場において、どうしてジャン・バルネがアロマテラピーなどというものが行えるだろう。第2次大戦中からジャン・バルネ「博士」は、アロマテラピーを実践していた、などという膀胱族どもの記述を見ると、『ジャン・バルネ博士の植物:芳香療法』の復刊をぜひ実現させたいと思わずにはいられない。
戦後、リヨン大学の医学部に入ったジャン・バルネは、ここでドクトラ(医学博士号)を取得し、正規の軍医となった。
対独レジスタンス時代のジャン・バルネには、ペニシリンの副作用などに思いを致した形跡は、まったくと言ってよいほどない。考えてみれば当然である。致死的な細菌だらけの戦場、すさまじい速度でふりそそぐ銃弾、砲弾、それが爆発したあと、あたりの風景が一変する戦場、前を行く戦友の頭部が機関砲の一発で吹き飛び、頭を失った体が頸部から血を吹き上げながら5~6歩進んで、つまずいて倒れてそのままボロキレのように動かなくなる戦場。そんなところでの唯一の頼みの綱が抗生物質だったからだ。副作用?そんなのはぜいたく人間のタワゴトだと、戦場臨床医の誰もが思ったろう。
1950年から52年にかけてジャン・バルネ軍医大尉がトンキン(現ハノイ)の第1前線外科医療班の外科医だったときと、そのあとサイゴン(現ホーチミン)の415後送病院に勤務していた時に、彼は時間をかけて、負傷兵の国籍別に、当時の主要な治療薬だったサルファ剤と抗生物質剤との(この時点ではペニシリン以外にも多くの抗生物質剤が開発され、米国からフランス側にどんどん提供されていた)有効性の度合いを比較する様々な研究を行った。そして、博士は「これらのサルファ剤や抗生物質剤などがヨーロッパ人よりもベトナム人、アフリカ人負傷者の方にはるかに著しい効果を上げるのを確かめることができた。これは、これらの国民の大部分がこうした薬剤で治療を受けた経験が全くないからである」と結論している。
この第1次インドシナ戦争のフランス軍は、いわゆる外人部隊であり、旧ナチスドイツ兵、徴兵されたアルジェリア人、南ベトナム人などで構成されていたことは前述した。そのことを想起してほしい。
ジャン・バルネ博士がこの第1次インドシナ戦争時に少しばかりアロマテラピーを実践したという(神話)があるが、博士自身は一度もそれについて具体的に触れた記述をしていない。だから博士がこの時期にアロマテラピーを実践したという実証はなにもないのだ。そして、このような伝説が生まれた背景には、ジャン・バルネ軍医はアロマテラピーを戦火の中で縦横に施術してほしいという一般のファンの願いのようなものがこうした形で結晶したのではないだろうか。
抗生物質剤(ペニシリン・ストレプトマイシン・テラマイシン・オーレオマイシン・クロラムフェニコール・テトラサイクリンなど)にたいして、その安易な使用に警鐘を鳴らしはじめたのも、彼の軍籍離脱後であり、アロマテラピー(といっても、博士の説くアロマテラピーなるものとは、現代のアロマテラピーとは厳密に言って別物である。これについては、いずれはっきり述べるつもりだ)を研究し、抗生物質剤使用への一つの代案としてこれを世に問うたのも、すべて市井の一医師となってからである。
それから、「膀胱族」のあいだで喧伝される「マルグリット・モーリーは、ルネ=モーリス・ガットフォセの弟子だった、マルグリット・モーリーはジャン・バルネ博士の弟子だった」というたぐいのホラ話は、もういいかげんにやめてもらいたい。そうしたヨタ話をあえてするなら、ハッキリした根拠を示して言うが良い。
でないと、日本の民度の低さを示すばかりだ。
キロニデスに言わせると、この世には、頭蓋骨の中に脳味噌を入れていて、物事をヒトとしてマトモに考察できる人間と、頭蓋骨に膀胱を鎮座させていて、外見こそ人間だが、ものごとをロクに考えることもできない「エセ人間」がいるらしい。
この「膀胱人間」を、化学用語の芳香族をモジって「膀胱族」と、かりに呼ばせてもらおう。
アロマテラピーの中興の祖、ジャン・バルネは、1920年にフランスのフランシュ:コンテ地方(フランス東部に位置する、昔の州名)に生まれた。ラ・フレーシュ陸軍幼年学校を卒業したのち、陸軍衛生学校で医学の基礎を学んでいた。
ジャン・バルネが20歳の時の1940年5月10日、ナチスドイツ軍はフランスの誇るマジノ線という現代版万里の長城みたいなチャナなしろものをアッという間もなく突破し、開戦からたったの1カ月すこしでフランスを手もなくねじ伏せ、フランスはあっけなく(だらしなく)、ナチスドイツに降伏した。その原因は多々あげられるが、時のフランス陸軍総司令官モーリス・ギュスターブ・ガムランが脳梅毒で思考力がゼロになっていたことが何よりも大きい(こんな男は「膀胱族」の最たるものだろう)。
そしてまた、軍の先頭で将兵を指揮すべき立場にあったシャルル・ドゴールが戦場を放棄してはやばやと英国に逃亡してしまって、フランス軍をしっかり統率しうる人物が皆無だったことも、フランスの敗因だった。
こうした状況下で、ナチスドイツ軍がかなり手を焼いたのが、フランス国内で、占領軍と、ナチスドイツの傀儡(かいらい)政権との威嚇に屈しないで対独闘争を展開していた対独抵抗勢力(レジスタンス派)であった。
学業半ばの21~22歳の学徒だったジャン・バルネ青年も、このレジスタンスに身を投じた。とはいっても、彼の年齢を考えてほしい。こんな若僧がメスを振るって負傷兵の本格的な手当てにあたることなどムリだ(注射はできたが)。ジャン・バルネ青年の任務は、もっぱらペニシリンなど最新の医薬品や消毒剤、包帯用品、注射器、メスなどを実際の負傷兵の応急装置を講じる先輩医師たちに、夜の闇にまぎれて届けることだった。
彼は書いている。
「1945年2月、ブザンソンにおかれた412後送病院で外科業務に配属されていた私は、最も危険な場合を含めて、戦傷の治療にペニシリンが果たすめざましい効果のかずかずを学ぶことができた。
ある晩のこと、コルマールでの戦闘のあと、数時間のうちに400名以上の負傷者を受け入れることになり、私はストランスブールに行って、私たちに必要なペニシリンの補充分をとってこなければならなくなった。1945年2月のブザンソン=ストランスブール間の往復の行程は、まさに大変な旅であった。雨氷、砲弾の跡、ふつうならとっくに引退しているようなジープのすり減ったショックアブソーバー、こういったもののすべてのせいで、しっかりした注意力が失われ、脊柱の頼りないバランスが手ひどく痛めつけられた。私は一晩中旅行をして、朝の5時ごろストラスブールのペニシリン保管所についた。
日がのぼったとき、私はそれぞれ10万単位のペニシリンを50ボトル入れた箱を2箱、車に積みこむことができ、そのまま412病院にもどった。
10万単位のペニシリン計100ボトル、すなわち1,000万単位のこの抗生物質ペニシリンで、当時は60本ほどの『脚』を助けることができ、(この頃は10万単位から20万単位で十分だった)、20体の『腹部』、あるいは同数の『胸部』を救うのに十分だったのである。」
当時のジャン・バルネは正式な軍医ではなかった。軍医の助手であり、見習いであった。だから、彼が傷病兵に行っていたのは、あくまで、本物の軍医が執刀し、施術する前の予備的治療であった。つまり、負傷兵に術前措置としてペニシリンを3時間おきに25,000単位ずつ注射していた。これは、もとより先輩上司の軍医の指示に従ってのことだった。
こんな戦場において、どうしてジャン・バルネがアロマテラピーなどというものが行えるだろう。第2次大戦中からジャン・バルネ「博士」は、アロマテラピーを実践していた、などという膀胱族どもの記述を見ると、『ジャン・バルネ博士の植物:芳香療法』の復刊をぜひ実現させたいと思わずにはいられない。
戦後、リヨン大学の医学部に入ったジャン・バルネは、ここでドクトラ(医学博士号)を取得し、正規の軍医となった。
対独レジスタンス時代のジャン・バルネには、ペニシリンの副作用などに思いを致した形跡は、まったくと言ってよいほどない。考えてみれば当然である。致死的な細菌だらけの戦場、すさまじい速度でふりそそぐ銃弾、砲弾、それが爆発したあと、あたりの風景が一変する戦場、前を行く戦友の頭部が機関砲の一発で吹き飛び、頭を失った体が頸部から血を吹き上げながら5~6歩進んで、つまずいて倒れてそのままボロキレのように動かなくなる戦場。そんなところでの唯一の頼みの綱が抗生物質だったからだ。副作用?そんなのはぜいたく人間のタワゴトだと、戦場臨床医の誰もが思ったろう。
1950年から52年にかけてジャン・バルネ軍医大尉がトンキン(現ハノイ)の第1前線外科医療班の外科医だったときと、そのあとサイゴン(現ホーチミン)の415後送病院に勤務していた時に、彼は時間をかけて、負傷兵の国籍別に、当時の主要な治療薬だったサルファ剤と抗生物質剤との(この時点ではペニシリン以外にも多くの抗生物質剤が開発され、米国からフランス側にどんどん提供されていた)有効性の度合いを比較する様々な研究を行った。そして、博士は「これらのサルファ剤や抗生物質剤などがヨーロッパ人よりもベトナム人、アフリカ人負傷者の方にはるかに著しい効果を上げるのを確かめることができた。これは、これらの国民の大部分がこうした薬剤で治療を受けた経験が全くないからである」と結論している。
この第1次インドシナ戦争のフランス軍は、いわゆる外人部隊であり、旧ナチスドイツ兵、徴兵されたアルジェリア人、南ベトナム人などで構成されていたことは前述した。そのことを想起してほしい。
ジャン・バルネ博士がこの第1次インドシナ戦争時に少しばかりアロマテラピーを実践したという(神話)があるが、博士自身は一度もそれについて具体的に触れた記述をしていない。だから博士がこの時期にアロマテラピーを実践したという実証はなにもないのだ。そして、このような伝説が生まれた背景には、ジャン・バルネ軍医はアロマテラピーを戦火の中で縦横に施術してほしいという一般のファンの願いのようなものがこうした形で結晶したのではないだろうか。
抗生物質剤(ペニシリン・ストレプトマイシン・テラマイシン・オーレオマイシン・クロラムフェニコール・テトラサイクリンなど)にたいして、その安易な使用に警鐘を鳴らしはじめたのも、彼の軍籍離脱後であり、アロマテラピー(といっても、博士の説くアロマテラピーなるものとは、現代のアロマテラピーとは厳密に言って別物である。これについては、いずれはっきり述べるつもりだ)を研究し、抗生物質剤使用への一つの代案としてこれを世に問うたのも、すべて市井の一医師となってからである。
それから、「膀胱族」のあいだで喧伝される「マルグリット・モーリーは、ルネ=モーリス・ガットフォセの弟子だった、マルグリット・モーリーはジャン・バルネ博士の弟子だった」というたぐいのホラ話は、もういいかげんにやめてもらいたい。そうしたヨタ話をあえてするなら、ハッキリした根拠を示して言うが良い。
でないと、日本の民度の低さを示すばかりだ。
2015年5月4日月曜日
返信をお待ちの方にお知らせとお願い
いつもブログをご覧いただきありがとうございます。
ブログを見ていただいた方から、たびたびご質問をいただきますが、
個別に対応させていただいております。
しかしながら、お知らせいただいたメールに返信いたしましたところ、
エラーになってしまう方もおります。
ご返信が必要な方は、フリーメールでも必ず繋がるアドレスをお知らせください。
よろしくお願いいたします。
先月、サンフランシスコからご連絡いただきました、A様。
何度か違う方法でメールにご返信いたしましたが、どうしてもエラーになってしまいます。
もし、このブログをご覧いただきましたら、再度、繋がるメールアドレスをご連絡いただけますでしょうか。
よろしくお願いいたします。
ブログを見ていただいた方から、たびたびご質問をいただきますが、
個別に対応させていただいております。
しかしながら、お知らせいただいたメールに返信いたしましたところ、
エラーになってしまう方もおります。
ご返信が必要な方は、フリーメールでも必ず繋がるアドレスをお知らせください。
よろしくお願いいたします。
先月、サンフランシスコからご連絡いただきました、A様。
何度か違う方法でメールにご返信いたしましたが、どうしてもエラーになってしまいます。
もし、このブログをご覧いただきましたら、再度、繋がるメールアドレスをご連絡いただけますでしょうか。
よろしくお願いいたします。
2015年4月22日水曜日
2015年4月5日日曜日
精油の原料植物のフランス語名‐その2
前回にひきつづいて、アロマテラピーで使用される精油の原料植物の主要なものをピックアップして、そのフランス語名と学名とを順不同に挙げる。
レモングラス(イーストインディアン)(仏名)lemongrass 〔レモングラス〕/(学名)Cymbopogon flexuosus
マンダリン(仏名)mandarine 〔マンダリーヌ〕/(学名)Citrus reticulata
マージョラム(仏名)marjolaine 〔マルジョレーヌ〕marjolaine à coquilles 〔マルジョレーヌ・ア・コキーユ]とも称する。/(学名)Origanum majorana
カモミール(ジャーマン)(仏名)camomille allemande 〔カモミーユ・アルマンド〕、matricaire 〔マトリケール〕とも呼ぶ/(学名)Matricaria recutita
ティートリー(仏名)melaleuque à feuilles alternes 〔ムラルーク・ア・フィユ・アルテルヌ〕/(学名)Melaleuca alternifolia
ニアウリ(仏名)melaleuque pentanerve 〔ムラルーク・パンタネルヴ〕/(学名) Melaleuca quinquenervia
メリッサ(仏名)mélisse officinale 〔メリス・オフィシナル〕citronnelle 〔シトロネル〕とも俗称。/(学名) Melissa officinalis
ペパーミント(仏名)menthe poivrée 〔マント・ポワブレ〕/(学名)Mentha piperita
スペアミント(仏名)menthe verte 〔マント・ヴェルト〕/(学名)Mentha viridis, M. spicata
ナツメグ(仏名)muscade 〔ミュスカード〕、正確にはnoix de muscade 〔ノア・ド・ミュスカード〕/(学名)Myristica fragrans
没薬(ミルラ)(仏名)myrrhe 〔ミール〕、正確にはmyrrhe amère 〔ミール・アメール〕 /(学名)Commiphora molmol
マートル(仏名)myrte commun 〔ミルト・コマン〕/(学名)Myrtus communis
ネロリ(ビガラディアオレンジ基原)(仏名)néroli bigarade 〔ネロリ・ビガラード〕/(学名)Citrus aurantium ssp. aurantium
乳香(オリバナム、フランキンセンス)(仏名)encens 〔アンサン〕またはoliban 〔オリバン〕、あるいはencens indien [アンサン・アンディアン〕/(学名)Boswellia carterii
オレンジ(ビガラディアオレンジ)エッセンス(仏名)oranger bigaradier 〔オランジェ・ビガラディエ〕/(学名)Citrus aurantium ssp. aurantium
オレンジ(スウィート)エッセンス(仏名)oranger doux 〔オランジェ・ドゥー〕/(学名)Citrus sinensis
グレープフルーツエッセンス(仏名)pamplemousse 〔パンプルムース〕/(学名)Citrus
paradisi
パチュリ(仏名)patchouli 〔パチュリ〕/(学名)Pogostemon cablin
パセリ(仏名)persil 〔ペルシ〕/(学名)Petroselinum sativum
パイン(スコッチ)(仏名)pin sylvestre 〔パン・シルヴェストル〕/(学名)pinus sylvestris
ラべンサラ(仏名)ravensare aromatique 〔ラヴァンサル・アロマティク〕/(学名)Ravensara aromatica
ローズマリー(仏名)romarin 〔ロマラン〕、正確にはromarin offinale 〔ロマラン・オフィシナル〕/(学名)Rosmarinus officinalis
バラ(ダマスク)(仏名)rose de damas 〔ローズ・ド・ダマ〕/(学名)Rosa damascene
サンダルウッド(仏名)bois de santal 〔ボア・ド・サンタル〕あるいは、santal blanc 〔サンタル・ブラン〕/(学名)Santalum album
ファー(モミ)(仏名)sapin blanc 〔サパン・ブラン〕またはsapin argenté 〔サパン・アルジャンテ〕/(学名)Abies alba
ウィンターセーボリー(仏名)sarriette des montagnes 〔サリエット・デ・モンターニュ〕/(学名)Satureja montana
サマーセーボリー(仏名)sarriette des jardins 〔サリエット・デ・ジャルダン〕/(学名)Satureja hortensis
セージ(仏名)sauge 〔ソージュ〕、正確にはsauge offinale 〔ソージュ・オフィシナル〕/(学名)Salvia officinalis
クラリセージ(仏名)sauge sclarée 〔ソージュ・スクラレ〕/(学名)Salvia slarea
ブラックペパー(仏名)poivre noir 〔ポアヴル・ノワール〕/(学名)Piper nigrum
テレビン(仏名)térébenthine 〔テレバンティーヌ〕/(学名)Pinus pinaster
ツーヤ(仏名)thuya occidental 〔テュヤ・オクシダンタル〕/(学名)Thuya occidentalis
タイム(仏名)thym 〔タン〕、正確にはthym vulgaire 〔タン・ヴュルゲール〕/(学名)Thymus vulgaris
レモンバーベナ(仏名)verveine citronnée 〔ヴェルヴェーヌ・シトロネ〕/(学名)Lippia citridora
ベチバー(仏名)vétiver 〔ヴェティヴェール〕/(学名)Vetiveria zizanoides
イランイラン(仏名)ylang-ylang 〔イランイラン〕、ilang-ilangとも表記/(学名)Cananga odorata
以上です。お疲れさまでした。正しい発音は、前にも申したようにカタカナで示すことはムリなので、私に電話くだされば、それを正しくお伝えしますよ。でも早朝・深夜は、ごかんべんください。また移動中は出られません。
高山林太郎 直通電話番号:080-5424‐2837
レモングラス(イーストインディアン)(仏名)lemongrass 〔レモングラス〕/(学名)Cymbopogon flexuosus
マンダリン(仏名)mandarine 〔マンダリーヌ〕/(学名)Citrus reticulata
マージョラム(仏名)marjolaine 〔マルジョレーヌ〕marjolaine à coquilles 〔マルジョレーヌ・ア・コキーユ]とも称する。/(学名)Origanum majorana
カモミール(ジャーマン)(仏名)camomille allemande 〔カモミーユ・アルマンド〕、matricaire 〔マトリケール〕とも呼ぶ/(学名)Matricaria recutita
ティートリー(仏名)melaleuque à feuilles alternes 〔ムラルーク・ア・フィユ・アルテルヌ〕/(学名)Melaleuca alternifolia
ニアウリ(仏名)melaleuque pentanerve 〔ムラルーク・パンタネルヴ〕/(学名) Melaleuca quinquenervia
メリッサ(仏名)mélisse officinale 〔メリス・オフィシナル〕citronnelle 〔シトロネル〕とも俗称。/(学名) Melissa officinalis
ペパーミント(仏名)menthe poivrée 〔マント・ポワブレ〕/(学名)Mentha piperita
スペアミント(仏名)menthe verte 〔マント・ヴェルト〕/(学名)Mentha viridis, M. spicata
ナツメグ(仏名)muscade 〔ミュスカード〕、正確にはnoix de muscade 〔ノア・ド・ミュスカード〕/(学名)Myristica fragrans
没薬(ミルラ)(仏名)myrrhe 〔ミール〕、正確にはmyrrhe amère 〔ミール・アメール〕 /(学名)Commiphora molmol
マートル(仏名)myrte commun 〔ミルト・コマン〕/(学名)Myrtus communis
ネロリ(ビガラディアオレンジ基原)(仏名)néroli bigarade 〔ネロリ・ビガラード〕/(学名)Citrus aurantium ssp. aurantium
乳香(オリバナム、フランキンセンス)(仏名)encens 〔アンサン〕またはoliban 〔オリバン〕、あるいはencens indien [アンサン・アンディアン〕/(学名)Boswellia carterii
オレンジ(ビガラディアオレンジ)エッセンス(仏名)oranger bigaradier 〔オランジェ・ビガラディエ〕/(学名)Citrus aurantium ssp. aurantium
オレンジ(スウィート)エッセンス(仏名)oranger doux 〔オランジェ・ドゥー〕/(学名)Citrus sinensis
グレープフルーツエッセンス(仏名)pamplemousse 〔パンプルムース〕/(学名)Citrus
paradisi
パチュリ(仏名)patchouli 〔パチュリ〕/(学名)Pogostemon cablin
パセリ(仏名)persil 〔ペルシ〕/(学名)Petroselinum sativum
パイン(スコッチ)(仏名)pin sylvestre 〔パン・シルヴェストル〕/(学名)pinus sylvestris
ラべンサラ(仏名)ravensare aromatique 〔ラヴァンサル・アロマティク〕/(学名)Ravensara aromatica
ローズマリー(仏名)romarin 〔ロマラン〕、正確にはromarin offinale 〔ロマラン・オフィシナル〕/(学名)Rosmarinus officinalis
バラ(ダマスク)(仏名)rose de damas 〔ローズ・ド・ダマ〕/(学名)Rosa damascene
サンダルウッド(仏名)bois de santal 〔ボア・ド・サンタル〕あるいは、santal blanc 〔サンタル・ブラン〕/(学名)Santalum album
ファー(モミ)(仏名)sapin blanc 〔サパン・ブラン〕またはsapin argenté 〔サパン・アルジャンテ〕/(学名)Abies alba
ウィンターセーボリー(仏名)sarriette des montagnes 〔サリエット・デ・モンターニュ〕/(学名)Satureja montana
サマーセーボリー(仏名)sarriette des jardins 〔サリエット・デ・ジャルダン〕/(学名)Satureja hortensis
セージ(仏名)sauge 〔ソージュ〕、正確にはsauge offinale 〔ソージュ・オフィシナル〕/(学名)Salvia officinalis
クラリセージ(仏名)sauge sclarée 〔ソージュ・スクラレ〕/(学名)Salvia slarea
ブラックペパー(仏名)poivre noir 〔ポアヴル・ノワール〕/(学名)Piper nigrum
テレビン(仏名)térébenthine 〔テレバンティーヌ〕/(学名)Pinus pinaster
ツーヤ(仏名)thuya occidental 〔テュヤ・オクシダンタル〕/(学名)Thuya occidentalis
タイム(仏名)thym 〔タン〕、正確にはthym vulgaire 〔タン・ヴュルゲール〕/(学名)Thymus vulgaris
レモンバーベナ(仏名)verveine citronnée 〔ヴェルヴェーヌ・シトロネ〕/(学名)Lippia citridora
ベチバー(仏名)vétiver 〔ヴェティヴェール〕/(学名)Vetiveria zizanoides
イランイラン(仏名)ylang-ylang 〔イランイラン〕、ilang-ilangとも表記/(学名)Cananga odorata
以上です。お疲れさまでした。正しい発音は、前にも申したようにカタカナで示すことはムリなので、私に電話くだされば、それを正しくお伝えしますよ。でも早朝・深夜は、ごかんべんください。また移動中は出られません。
高山林太郎 直通電話番号:080-5424‐2837
登録:
投稿 (Atom)