2015年1月6日火曜日

〔コラム〕CNV (Contingent Negative Variation - 随伴性陰性変動) について ー 鳥居鎮夫先生の思い出

 私たちの脳(正しくいえば脳の神経)が活動するときに発生するごく微弱な電気をいろいろな方法で増幅して、その時間とともに変化するようすを記録すると波形図が得られる。これを「脳波(electroencephalogram EEGと略称)」と称する。
 ヒトの脳波を最初に発見し、観察したのはドイツの精神科医、Hans Berger(ハンス ・ベルガー)で、1942年のことである。
 脳波にはいろいろな種類がある。脳波はふつう、頭皮の上に置いた電極から電流を導き出す。おとなの場合、心身ともにリラックスしているとき、α波という10ヘルツぐらいの、あるいはβ波なる20ヘルツ前後のちょっと速めの脳波が観察される。興奮すると、α波が消失してしまう。眠っている間には、ゆるやかな大きなδ波(4ヘルツ未満)が現われる。脳細胞が生み出す電気の電圧は、最大でも100マイクロボルト程度である。
 
 そこで、脳波を調べることは、脳がいまどんな活動をしているかを知るうえで、大切な手がかりになる。脳精神疾患、とりわけ癲癇(てんかん)とか頭部に外傷をうけたとき、あるいは器質的な脳疾患などでは、それぞれの症状の程度に応じた異常な脳波がみられる。
 
 とまあ、基本的な脳波の知識を頭に入れておいて頂いて、標記のCNV、すなわち随伴性陰性変動についてお話しする。
 
 私たちの脳は、生命にかかわる重要な働きをし、学習の中枢となっている。脳の大切な部分は大脳、間脳、中脳、小脳、橋(きょう)、延髄などからなっていて、私たちの心と体との多種多様な働きをさまざまな形態で司っている。
 
 大脳半球の内側・底面、それに機能上一体となって作動する視床下部をひっくるめて「大脳辺縁系(limbic system cerebrum)」と呼ぶ。
 ここは自律系の統合中枢で、呼吸・循環・排出・吸収に関与する。それとともに、この部分は怒り・喜び・悲しみといった人間の基本的な情動を生み出し、また性欲・食欲という種族維持・個体維持に必要な「本能的欲求」の形成にかかわる、ヒトという動物を生かし続けるベースとなる、人間にとっての最重要部分である。
 ここはさらに、古くから嗅覚に関係するところだということが知られている。だから古くはここを「嗅脳」と称した。
 先ごろ他界された東邦大学医学部名誉教授の鳥居鎮夫先生は、におい・芳香が脳の活動に及ぼす効果、あるいは心理的な効果を客観的に測定するために、香料(精油およびアブソリュート)を使った実験をなさった。
 鳥居先生は、随伴性陰性変動(CNV)と称される特殊な脳波に着目された。この脳波については重ねて後述するが、先生は鎮静作用があるとされたきたラベンダー精油、並びに刺激・興奮作用を示すといわれてきたジャスミンアブソリュートを使用して被験者の脳内部から導出されたCNVをグラフにして発表なさったのである。
 
CNV graph
 
 鳥居先生の発表なさった上述のことを、もう一度レジュメして、ここで解説すると、およそ次のようになるかと私は考える。
 人間の大脳の内奥部には、いくつもの電気的な現象が観察される。それがつまり脳波と呼ばれる形態で私たちが把握するものだが、その一つ随伴性陰性変動は、被験者が「さあ、これから何かがおこるぞ」と、いわば「期待している」状況のもとで生まれる、期待波とも称される脳波だ。
 
 香りの刺激をうけて興奮する部分は、今もいったように私たちの脳の深部に位置する。それを直接捉えるには、脳の奥深く電極を挿入しなくては、その嗅覚による刺激で生じる脳波の変化をダイレクトにキャッチすることは、本来できない。しかし、現実に人間を対象にしてそんなテストを行うことは無理である。
 そこで、この脳波に生じる異常をなんとかして頭皮に接着した電極によって捕捉しなくてはならない。この脳波の変動は脳内から脳の表面部分に、一定の状況のもとで「上方に」移動して伝達される。
 たとえば、ある音を被験者に聴かせてその刺激を与え、それに続いて、ちょっとしたタイムラグを置いて光による刺激をその被験者に、つまり被験者の脳に与える。そして、テーブルなどの上に置いたボタンを示して、「光が見えたら、できるだけスピーディーにそのボタンを押して、その光を消してくださいよ」と依頼しておく。
 この音と光という二つの刺激の、そのあいま、つまり被験者が「これからコトがおこるぞ、おこるぞ」と「期待」しているときに、被験者の脳波(電気脳造影図 - EEG)の基準線から比較的緩慢な、上方への移動が看取される。そして、被験者がボタンを押してその光の刺激を自らシャットダウンすると、この移動は見られなくなる。つまり音と光という両方の刺激に随伴してEEGがマイナスの方向に変動する移動現象(CNV)が生じるわけである。
 
 鳥居先生は、これを被験者に香りの刺激を与えてテストし、CNVで香り・においの刺激が惹起するとされてきた、たとえば「刺激効果」あるいは「鎮静効果」を客観的に提示できるのではないかとお考えになり、その試験にチャレンジなさったのである。
 
 先生は、刺激・興奮作用があると言われるジャスミンアブソリュートの芳香がこのCNVの「振幅」を確かに増幅させること、そして、他方、鎮静効果を示すとされるラベンダー精油の香りが被験者のCNVを抑制することをそれぞれ客観的な形で示せることを証明された。
 
 従来、ジャスミンアブソリュート、ラベンダー精油のヒトに及ぼす効果は、アロマ関係者、アロマテラピー関係者の間でひろく語られてきた。しかし、それは科学的な裏付けを欠いていて、万人を納得させるものではなかった。それに対して先生はこのCNVを利用して、これらの香りの人間に与える「効果」を科学的に、大脳生理学的に、きちんとすべての人にわかるように図示され、科学の面から立証なさったのである。
 
 このことは、世界中のアロマテラピー関係者を狂喜させた。無理もない。いままでそうした作用があると、いわば「伝承」されてきた香りの、あるいは精油などの芳香の「効果」が科学という銀の裏打ちを施され、アロマテラピーというもの自体に不信・疑惑の目を向けてきた人びとを説得する道が開拓されたからだ。
 鳥居鎮夫先生は、ひきつづいてさまざまな精油の人間の心理面への作用をCNVを用いて解明された。そうした成果は諸外国に広範に伝えられ、多くの香料化学者たち、アロマテラピー関係者たちをいまもなお「励起」しつづけている。
 鳥居先生と個人的にも親しくさせて頂いた私は、先生の生前のお姿をじかに脳裏に刻んだもののひとりとして、ここであらためて先生の、このご功績を讃えさせていただく。
 
 付記① 確か、1992年だったと思うが、このころから1985年いらい私がわが国に紹介し、伝え続けてきたアロマテラピーという新しい自然療法がようやく日本人にかなり浸透してきたことから、テレビ朝日から「芳香の生理的・心理的効果」について語って欲しいとの依頼をうけた(その後、私はNHKのテレビにも招かれた)。
 この東京のテレビ局での生放送番組には、私の他に後の日本アロマテラピー協会会長の鳥居鎮夫教授、香水専門家の平尾京子さん、さらに個人的には存じあげない香道の男性の先生などが同席された。
 私は、限られた時間の中で、できるだけ一般のテレビ視聴者の方がたにわかりやすくアロマテラピーについて解説したつもりだ。私の話の後、鳥居先生が、パネルに図示したCNVの波形の意味するところを学問的な立場から述べられた。香道の先生は、「そういえば、私ども香道の関係者は、日ごろから香りを聞き慣れて(つまり嗅ぎ慣れて)いますので、年齢を重ねてもボケたりするものはおりません」と発言したのも印象深かった。
 このテレビ放送は、夜遅く行われたので、後日、ハーブ専門家・園芸家の槙嶋みどりさんから、「夜、ふとテレビをつけてみたら高山先生が映っているじゃないの、どうしてこの放送のことを知らせてくれなかったのかしら」と思いながら番組に見入ったとのお話があったことも頭に浮かんでくる。
 番組の司会者(というのかキャスターというのかよく判らないが)が、飯星景子さんだったこともよく覚えている。彼女はこの直後に統一協会/教会に入り、その父の著名なルポルタージュ作家で元読売新聞記者だった飯干晃一氏が娘を脱会させようと必死に活動し、やっとそれに成功したことがマスコミで大きな話題になったからだ。
 
 付記② それにしても、鳥居鎮夫先生は実に謙虚な学者・教育者でいらっしゃったとつくづく思う。放送の後、鳥居先生は私に、「いやあ、私の知り合いのH香料会社が、香りについて何か数値を出せ、数字で示してくれとウルサクいうものですから、こんな図を作ってみたんですよ。私はね、仕事がら、まあこんなことしかできないものですから。私、ご存知のように日本のアロマテラピーの権威なんて言われているんですが、私自身アロマテラピーについてはまったく知らないんですよ。これからアロマテラピーを勉強することにします。高山さん、ぜひご教授願います」とおっしゃった。私は、後に日本アロマテラピー協会(現在の日本アロマ環境協会)の会長になられる先生の、この率直なことばに驚き、感激して、「もちろんです、何でも私の知っている限りのことはお話しいたします。その代り、今夜先生が発表なさったグラフを私の講演とか著書とかで引用させていただけませんか」とお願いした。先生は快諾(かいだく)して下さった。だから、ここでこの図表を載せる許諾は泉下の鳥居先生から直接いただいたのである。そして、私は先生にフランスのベルナデ、ラプラス、ブレーシュその他のアロマテラピーや、フィトアロマテラピーなどの専門家の知識をお取り次ぎさせていただいた。そして、先生にはこのことを第三者には決して洩らされぬように、私なりの考えからご依頼申しあげた。私のほうは、鳥居先生の専門の大脳生理学の知識を代りに頂いたことは申すまでもない。このことは本日まで、私は誰にも口外しなかった。しかし、もう時効だろう。
 私は、日本の、いや世界のアロマテラピーの歴史上、エポックメーキングな先生のご研究とその発表との一部にいわば皮膚で触れられたことを、生涯の幸福と考えている。
 
 フランスの詩人、ルイ・アラゴンは「教えるとは、希望を語ること、学ぶとは、誠実を胸に刻むこと」とその詩でうたった。教育というものの本来あるべき姿を、これほど明晰かつポエティックに魂をこめて表現したことばを、私は寡聞(かぶん)にして知らない。
 私はこのブログを通じて、ずいぶん現在のアロマテラピー界のことについて「毒舌」を吐いてきた。でも、それは逆説的な形で希望を語ろうとしたのだ。この療法への愛情を述べようとしたのだ。私の意図が皆さんに十分にお汲みとりいただけなかったとしたら、その責任は挙げて私にある。ご叱責・ご批判はいつでもお受けするつもりである。ぜひご指導願いたい。
 
 私は残り少ない命を、誠実にアロマテラピーの知識を脳裏に刻み付けることに、そしてこのアロマテラピーへの希望を可能なあらゆる方法で語りつづけることに献げたい。
 
 ことしも、みなさんの本ブログのご愛読をお願いして、筆を擱(お)く。
 
2015年1月6日
 高山林太郎

2014年12月28日日曜日

リツェアクベバ(メイチャン) | 精油類を買うときには注意して!(38)

今年も一年ご愛読くださいまして、有難うございました。
来年もよろしくお願いします。
高山 林太郎


リツェアクベバ(Litsea cubeba)油
 
 
 学名 Litsea cubeba Lam. , 別名 Laurus cubeba Lour. , Lindera citriodora Sieb. et zucc.
 
 リツェアクベバは、クスノキ科ハマビワ属の双子葉植物。ハマビワ属は落葉または常緑の高木。熱帯から温帯にかけて広範に分布し、アフリカとヨーロッパとを除く世界各地に、この近縁種がおよそ400種も生育している。これを「リトセア」などと発音してはNG
 L. cubebaは、和名をアオモジ、タイワンヤマクロモジといい、英名はMoutain spice tseeまたはMay chang tree、中国では山鶏椒などと呼んだりする。この木は強い芳香を放ち、わが国では本州西部、九州に生えており、西マレーシアの熱帯に広く分布し、熱帯では常緑になる。果実は香味料にされ、木材は楊枝(ようじ)になる。現在、この主要産地は、中国南部、台湾。
 
 
・精油の抽出 この木のコショウに似た果実を採取して、これを水蒸気蒸留して採油する。
 
 
・主要成分(%で示す。およその目安である)
 ゲラニアール    40.6
 ネラール      33.8
 α-ピネン      0.9
 β-ピネン      0.4
 ミルセン      3.0
 シトロネラール   0.6
 
 
・偽和の問題
 この精油は、ずっと安価なレモングラス油で偽和されることがよくある。
 
 
・毒性
 LD50値
   ラットで >5g/kg(経口)
   ウサギで >5g/kg(経皮)
 
 刺激性・感作性
  ヒトにおいて8%濃度で皮膚に適用した場合、いずれも認められなかった。
 
 光毒性
  まだ、これで試験した例はないようだ。
 
 
・作用
 薬理作用 モルモットの回腸で(in vitroで)この精油は強力な鎮痙作用を示した。リツェアクベバ油をモルモットの腹腔内に注射したり、モルモットにこの精油の蒸気を吸入させたりして投与すると、あらかじめ気管支収縮(狭窄)剤を吸入させて惹起した喘息発作を抑えることがわかった。
 リツェアクベバ油はまた、ラットにおける皮膚のアナフィラキシー(誘発性過敏症)を、さらにモルモットにおける卵の蛋白質への感作によるアナフィラキシーショックをそれぞれ抑制することが判明している。
 
 抗菌効果 25種の各種細菌において、その16〜18種に、またリステリア属の標準種の細菌Listeria monocytogenesに対して抗菌作用があることが研究者によって確かめられている。
 
 抗真菌効果 各種の真菌に対して、強弱さまざまな効果がある。
 
 抗酸化作用 この活性はない。

2014年12月16日火曜日

ラベンダー(真正ならびにスパイク種) | 精油類を買うときには注意して!(37)

ラベンダー(真正、ならびにスパイク種)油
 
 
 さあ、みなさん、いよいよアロマテラピーで使用される精油のスターの登場だ。この精油の効用は、昔から南フランスの農民たちが知っていて、これを外用にしたり内用したりして、外傷とかやけどとか、腹痛の緩和とかに活用していた。
それを香料会社を経営していたルネ=モーリス・ガットフォセが自分の負った全治三ヶ月にも及ぶ上半身の大やけどに適用してみて、その効果を自分の体で実感して「アロマテラピー、aromathérapie」と名付け、精油を用いた自然療法の可能性を唱えた。この際のエピソードについて、ずいぶん長いことウソ八百がまかり通ってきたことは何度もこのブログで私が述べてきた通りである。その責任の一端はジャン・バルネ博士にあり、その著作をパクった英国人のロバート・ティスランドにあり、さらにこの両者の著作をそれぞれフランス語・英語の原典から訳したこの私にもある。この場をかりておわび申し上げる。
 
 ラベンダーはシソ科の小低木で、ご存知のように7〜8月ごろにうす紫色の小さい花を長い花 柄の先端に6〜10個ずつ輪状につける。地中海からアルプスの山腹にかけて、標高800〜1800メートルのアルカリ性土壌の土地に生える。
 ラベンダーは日本に江戸時代の文化年間、つまり1804年から1818年に蘭学者の書いたものに「ラワンデル」として記載されており、当時すでに、何らかのかたちでこの植物が日本に渡来していたと考えてよいだろう。また、スパイクラベンダーも「ヒロハラワンデル」として蘭学者が紹介している。
 
 現在、真正ラベンダーの主要な産地は、ブルガリア、フランス、イタリア、スペイン、中国、タスマニア、米国の一部などである。日本でも北海道で富田忠雄氏らの努力で、真正ラベンダーの一種「オカムラサキ」などが植栽されている(精油の生産量は決して多くはないが)。
 アロマテラピー発祥の地、フランスでの真正ラベンダー油の生産量は毎年減少の一途をたどっている。そして、その代りにラバンジン油がどんどん増産されている。この事情は前回記した通りである。
 
 
 学名 Lavandula angustifolia var. angustifolia P. Miller
    またL. officinalis, L. veraという別名もある。
    (ただし、ブルガリアの研究者によるとL. angustifoliaとL. veraとは、極めて近縁ながらそれぞれ別種だとのこと)
 
 精油の抽出 花の咲いた先端部分(てっぺんから20〜30センチぐらい)を水蒸気蒸留して採油する。
 
 ラバンジンは、上述の真正ラベンダーとスパイクラベンダー(L. spicaあるいはL. latifoliaと略記する)との交雑種である。
 スパイクラベンダーは、真正ラベンダーより、標高の低い土地に生育する。これらのラベンダーの精油について、その主要成分をマリア=リズ・バルチン博士は下記のように示している。
 
主要成分(%で示す。生育条件により変動があることは言うまでもない)
              真正ラベンダー    スパイクラベンダー    ラバンジン
 リナロール         6〜50       11〜54       24〜41
 リナリルアセテート     7〜56       0.8〜15        2〜34
 1,8-シネオール       0〜5        25〜37       6〜26
 ラバンズロール       0〜7        0.3〜0.7        0.8〜1.4
 ラバンズリルアセテート   5〜30       0           <3.5
 カンファー         0〜0.8        9〜60        0.4〜12
 
 これらのラベンダーには、微小成分としてシス-オシメン、トランス-オシメン、3-オクタノンなどが含まれる。真正ラベンダーにはまた、ボルネオールが最高1.8%まで含まれる。
 
・偽和の問題
 ISO基準は、真正ラベンダー油は25〜45%のリナリルアセテートの含有量であること、またリナロールは25〜38%含むことを求めている。そこで成分をアセチル化したラバンジン油、合成したリナリルアセテート、合成リナロール、芳樟油の留分などを加えて増量することがひろく行われている。そういう業者に限って、もっともらしい分析表をつけたりする。真正ラベンダー油よりずっと安価なラバンジン油を真正ラベンダー油と偽って売ることはザラである。
 
・毒性
 LD50値
  真正ラベンダー油・ラバンジン油ともに、
   >5g/kg(経口) ラットにおいて
   >5g/kg(経皮) ウサギにおいて
  スパイクラベンダー油は、
   4g/kg(経口) ラットにおいて
   >2g/kg(経皮) ウサギにおいて
 刺激性・感作性
   真正ラベンダー油は、ヒトにおいて10%濃度でこれらはいずれも認められなかった。スパイクラベンダー油はヒトにおいて8%濃度で、またラバンジン油はヒトにおいて5%濃度でこれらはみられなかった。
 光毒性
   真正ラベンダー油、スパイクラベンダー油、ラバンジン油のいずれにおいても、光毒性が認められたとの報告はゼロである。
 
・作用
 薬理学的作用 上記の各種ラベンダー油は、たいていどれもモルモットの回腸において(in vitroで)、鎮痙効果がみられた。しかし、それに先立って、まず痙攣惹起効果が上記の実験動物のおよそ半分で認められた。イヌにおいて(in vitroで)、平滑筋のトーヌス(正常な緊張)、律動性収縮運動、蠕動運動のそれぞれが、これらのラベンダー油の投与によって向上することが判明した。
 
 抗菌作用 真正ラベンダー油の作用については、試験例によってさまざまな変動がある。精油自体は、およそ5分の3の細菌で活性を示している。
 またこの精油の上記は、約5分の1の細菌に有効であった。ラバンジン油は、蒸散させたかたちで試験対象の細菌類のおよそ5分の1に効果を発揮し、スパイクラベンダー油は約25分の18に対して活性があった。
 
 抗真菌作用 真正ラベンダー油ならびにラバンジン油は、試験に供した5種の真菌に対し、すべてこの効果を示した。しかし、研究者によっては、さしてこの作用は強くなかったと報告しているものもいる。ラバンジン油とスパイクラベンダー油とは、一般に真正ラベンダー油にくらべて、この効果は低いようだ。
 
 その他の作用 真正ラベンダー油は、マウスとヒトとの双方において、鎮静作用を発揮することが確かめられている。ヒトの場合、CNVの波形データも、この事実を裏付けている。
  真正ラベンダー油およびラバンジン油には、一定の抗酸化効果が認められるが、スパイクラベンダー油にはこの作用は期待できない。
  ルネ=モーリス・ガットフォセは、「脱テルペン」した真正ラベンダー油を未希釈で適用すると開放創の治療によいとしている。脱テルペンしたものが、マックスの効果を発揮すると、彼はくどくいっている。
  英国などのアロマセラピストが伝えているこの精油の効果については、ここではとても書ききれない。私にはあまり信じられないような真正ラベンダー油の「効きめ」も少なくない。まあ一つ、私が訳したもののうち、J.ローレスの『ラベンダー油』、W. セラーの『アロマテラピーのための84の精油』などをごらんください。
 
付記①
 真正ラベンダー油の芳香は、欧米人は90%ぐらいの人が好むが、日本人の2人に1人、あるいは3人に1人は、この精油のにおいが嫌いなようだ。私の長年の友人で、ハーブ専門家・園芸家の槙島みどり氏は、ご母堂が重い病気で入院した折、その足をラベンダー油でマッサージしたところ、同じ病室の女性患者からヒステリックに 「やめて!そのにおい嫌いなの!」 とどなられた経験をお持ちと聞いた。私が英国人にその話をしたら、「あんなに良い香りなのに、信じられない!」といわれたことがある。タイム油の香りも日本人と英米人、フランス人とでは、ずいぶんうけとりかたががちがう。においに対する好き嫌いには、民族によって違いがあるのは仕方がない。嫌いな香りの精油を適用されても、効きめは期待できまい。心理的なバリアがせっかくの効果の発現を抑制してしまうからである。「そこがアロマテラピーのツレエところよ」と寅さんが言いそうだ。
 
付記②
 フランスのハーバリストのモーリス・メッセゲは、その著作『メッセゲ氏の薬草療法』の中で書いている。
 「ある日、悲劇がおきました。家の飼い犬のミスが、マムシに咬まれてしまったのです。父はすぐさま丘のほうにでかけて行き、一束のラベンダーをとってきて、それでミスの傷のところを時間をかけてこすってやっていました。翌日になると、愛犬の容体は快方にむかい、その次の日には、ミスは完全に助かりました。ラベンダーの一種がどうしてアスピック(アルプスに住むクサリヘビ科の毒蛇。英語でspike)などと呼ばれているのか、いまではよくわかります。これが爬虫類の毒に対してよく効く解毒剤になるからです。」
 アスピック(aspic)は、フランス語でスパイクラベンダーのことでもある。
 この話が逆転してか、ラベンダーの花には毒ヘビがすむとして、ヨーロッパでは花輪などにはこれを決して入れない。その花言葉にも「沈黙」、「疑惑」などというのがある。ラベンダーエッセンスの鎮静作用が反映されているのかもしれない。
 
付記③
 どの精油・エッセンスに関してもいえることだが、アロマテラピー用のものは、絶対に100パーセント天然の、すなわち野生もしくは栽培された植物から直接抽出したものでなければならない。アロマテラピーのスター的な精油、ラベンダー油に関しては、とりわけそうである。
 
 しかし、「100パーセント天然ですよ」と言わない業者はいないから、コトは厄介だ。ラベンダー油についていうと、天然のものだ、100パーセントピュアだといっても、香料会社系の業者は、いろいろな地域でとれたラベンダーから採油したさまざまな「真正ラベンダー油」を混ぜ合わせることがよくある。これを「調合精油」という。こうした業者は、本来は香水・賦香剤の原料としてラベンダー油を売っている。その一部をアロマテラピー用に販売しているわけである。
 ラベンダー油は香水では主役にならないが、主役となる精油なりエッセンスなりの芳香をぐんと引き立てる名脇役だ。だから、多くの香水にラベンダー油が配合されている。でも、このラベンダー油はテラピー用ではないので、合成増量剤で水増しした精油であるのがふつうである。調合精油はやや「良心的」ではあるが、これもあくまで香水などの世界でのみ通用する話に過ぎない。
 
 はっきり言うが、この調合精油も、アロマテラピー用には利用できない。天然精油の持つ「生命力」を殺し、ただの化学的成分の集団にしてしまっているからである。これでは工業製品と何ら変わりがない。アロマテラピー用の精油は、年々歳々成分が変動する「生きもの」であって、断じて工業製品ではない。
 
 もう一つ言わせて頂こう。いまアロマテラピーの発祥の地、フランスでの真正ラベンダー精油の生産量が激減していることは前述の通りだが、その抽出方法もひどい状態になっている。いいですか、以前は大気圧を少し上回る圧力下で、蒸気の温度も102℃ぐらいで、12時間もかけてゆっくりと蒸留していた。こうしてできた精油には、十分に有効成分が有機的に、いわば植物の生命力を保存しながら含まれていた。これが本来の天然の100パーセントピュアなアロマテラピー用の精油の要件を満足するものである。だが、遺憾ながら、現在のフランスでは、ラベンダーに高圧をかけ、当然高熱の蒸気にさらして、たったの15分ぐらいでラベンダー油が抽出されている。これでは多くの有効成分がメチャメチャに破壊されてしまう。これではたまったものではない。
これは「天然100パーセント」という看板を掲げたニセモノとしか言いようがない。
 
 英国で精油会社を経営するマギー・ティスランドさんと話をしたとき、私は彼女がこの事実をなんとも思っていないのに愕然とした。マギーさんの売っているラベンダー精油は、まさにこの手のフランス産の品である。マギーさんは好感のもてる女性だし、マッサージオイルにサザンカ油を活用してはどうかとの私の提案も受け入れてくれ、実地に施術したり、被術者になったりして、その有効性を確認してくれて、「高山さん、サザンカ油良かったわよ!」などとその結果を来日して私に知らせてくれてもくれた。惜しむらくは、彼女は以前の連れ合いの自称アロマラピー専門家、あのヒッピー崩れのロバート・ティスランドの悪影響をうけ、それからまだ抜け出せずにいることである。迷信深く、バッチのフラワーレメディーの盲信派だったりするところも、ロバートそっくりだ。まあ、彼女も「ヒッピー崩れ」なんだからやむを得ない面もあるが、マギーさんにはもう少し科学的・批判的な精神をもってほしいと私は友人の一人として切に願っている。
 
 付記④
 天然の真正ラベンダー油に、合成リナロールを加えたニセモノは多いが、ガスクロマトグラフィーで分析すれば、ニセモノにはジヒドロリナロールが検出されるので、一目でそれとわかる。

2014年12月11日木曜日

ラバンジン | 精油類を買うときには注意して!(36)

ラバンジン油
 
 ラバンジンは、シソ科の小低木、真正ラベンダー(Lavandula angustifolia var. angustifolia)と、同じくシソ科の小低木スパイクラベンダー(L. latifolia var. spica)との属間交雑種のラベンダーの一種であり、その次の世代がつくれない。動物でも植物でも、界(kingdom)・門(phylum)・網(class)・自(order)・科(family)・属(genus)・種(species)・亜種(subspecies)という分類をするが、属まで同じなら、遺伝的に分化した二種の生物間でも雑種が生じることがある。種まで同一なら、交雑種は容易にでき、二代目も三代目もできる。現在、日本で広く栽培されているイネ・コムギなどはほとんど人為的に作り出された交配種、すなわち品種である。自然界の交雑種は変種という。
 
 ラバンジンは標高400〜800mの土地に生えるL. latifolia var. spicaと標高900〜1500mの山地で生育するL. angustifolia var. angustifoliaとが昆虫が花粉媒介することによって自然に生じた交雑種である。真正ラベンダーは、むかしはフランスの農民たちが山に自然に育ったものを刈り取って香料会社に納入していた。しかし、真正ラベンダーの需要が増大するにつれ、農民たちはこれを栽培するようになった。その畑に、上記の交雑種が出現した。
 
 初めのうちは、農民たちはこの交雑種の存在に気付かなかった。そしてこれを真正種といっしょに香料会社に納めたり、両者を区別せずに蒸留して得た精油を香料を扱う会社に納入したりしていた。しかし、経験を重ねるうち、在来のラベンダーと異なって二代目ができず、形も大きい種類のラベンダー、すなわち標記のラバンジン(フランス語ではlavandinラヴァンダン)を、それとはっきり農民たちは認識するようになった。
 
 このラバンジンは、真正ラベンダーとちがって二代目ができないので、すべて挿し木でふやす(クローン栽培)。これは、病害虫にも強く、精油の取れる量も多い。つまり収油率が高い。現在、ラベンダー畑の写真として紹介されているものは、ほとんどすべてこのラバンジン畑のものだ。日本で千葉県や富士山麓などで植えられていて、テレビで「ラベンダーの花がいちめんに咲いています」などと紹介されたりするものは、まず間違いなくラバンジンである。ラバンジンもラベンダーの一種なのだから、あながちウソとも言えないのだが。
 
 フランスのある作家が真正ラベンダーのことを「巨大なウニ」にたとえた。うまいことをいうものだ。まさにその通り、一株ごとにハリを立てたウニそっくりである。対してラバンジンは、きっちり同じ長さの挿し木を畝(うね)にずらりと植えるので、南仏のプロバンスあたりでは、そりゃあきれいに見えますよ。風が吹けば、まるでミンクの毛皮のコートがあたり全体にひろがっているような錯覚をおこす。思わずカメラのシャッターを切りたくもなる。一般のフランス人には、真正ラベンダーとラバンジンとの区別も知らない者が多い。
 
 現在のフランスでは、このラバンジンが真正ラベンダーよりもはるかにたくさん栽培されている。真正ラベンダーを1とすると、ラバンジンは9もの割合である。標高の低い土地でも元気に育つし、大型の刈取り機を畝にまたがらせれば、ひろい畑でもたちまち花の咲いた先端部分を上から20〜30センチほどの長さにさっさとカットし、束ねて畝のそばにヒョイヒョイとその機械が並べてもくれる。
 
 ラバンジンは、「シュペールSuper」、「レドヴァンReydovan」、「マイエットMaillette」、「グロッソGrosso」、「アブリアリスAbrialis」、「エメリックEmeric」などの種類がある。シュペールを「スーパーラベンダー」なんて、アホな呼び方をしてはいけない。ここではSuper、Reydovanの両種をとりあげる。
 
 学名 ラバンジン(シュペール・クローン種)Lavandula × burnatii
     別名 Lavandula hybrida, L. intermedia
    ラバンジン(レドヴァン・クローン種)Lavandula × burnatii
     別名 シュペールに同じ
 
 真正ラベンダーとラバンジンとの各精油の成分を調べると、ラバンジンは、リナロール分が真正ラベンダーよりやや少なめ、リナリルアセテートは真正ラベンダーより少ない。ラバンジンは、1,8-シネオールがより多く、ラバンズリルアセテートは真正ラベンダーよりぐんと少ない。
 この比較は、「ラベンダー(37)」の項で表示するつもりである。その折に、スパイクラベンダーについても触れることにする。
 ラバンジンは、真正ラベンダーの花粉がスパイクラベンダーのめしべについたか、スパイクラベンダーの花粉が真正ラベンダーのめしべについたかによって幾つかの種類が生じた
 
主要成分(%で示す)
◎ラバンジン・シュペール
 モノテルペン類(およそ5%)
    ー リモネン0.75%、シス-およびトランス-オシメン1.35%〜2.45%
 アルコール(モノテルペン)
    ー (-)-リナロール30%、ボルネオール2.25%
 リナリルアセテート(エステル類)
    ー 40%、そのほかボルニルアセテート、ラバンズリルアセテート(15%)、ゲラニルアセテート(0.35%)
 カンファー(ケトン類)
    ー 5.45%
 痕跡量成分として、クマリン、ヘルニアリン
 
◎ラバンジン・レドヴァン
 モノテルペン類(α,β-ピネン)
    ー 変動あり
 アルコール(リナロール)
    ー 変動あり
 リナリルアセテート(エステル類)
    ー 25%
 オキシド類
    ー 1,8-シネオール 変動あり
 
・偽和の問題
 このラバンジン油は、真正ラベンダー油のニセモノを作る際によく使われる(成分をアセチル化したラバンジン油を用いる)。あるいはラバンジン油を真正ラベンダー油と詐称して売る。おフランス産なんかいちばんアブナイ。こんなインチキ精油は、ヤケドにも効果がありません。安い安いラバンジン油自体を、わざわざ偽和してまで売るバカはいない。合成物質を加えれば、よほど高くついてしまうから。
 私は、在日フランス大使館の通商代表部の人間に、「なぜ、あなたはそんなにラバンジン油を嫌うのか」と詰め寄られたこともある。私は答えた。「そりゃ、理由はカンタンです。日本人が真正ラベンダー油に期待する効果を、ラバンジン油は発揮しないからです」。
 
・毒性
 LD50値
   >5g/kg(経口) ラットにおいて
   >5g/kg(経皮) ウサギにおいて
 刺激性・感作性 ヒトにおいて、5%濃度でいずれも認められなかった。
 光毒性 報告されていない。
 
・作用
 ラバンジン油は、一般に真正ラベンダー油に比べて抗菌作用において劣るように思われる。
 シュペール種およびレドヴァン種のいずれも、かなり強力な抗微生物、殺菌、殺ウイルス作用がある。
 そのほか、強壮、神経強壮、抗カタル、去痰の各効果を示す。
 したがって、感染性腸炎、鼻咽頭炎、気管支炎、無力症への効果が期待される。
 また、生理学的用量においては、禁忌はどちらについても知られていない。
 
(付記)現在、フランスで生産される真正ラベンダー油は、年間10トン程度で、それに対してラバンジン油は年産100トン以上にもなる。
 いま世界一の真正ラベンダー油生産国はブルガリアだが(年産40トン)、それが輸出されてフランス人の手に渡ると、たちまち10倍くらいに伸ばされる。つまり、偽和され、増量される。
中国も新疆ウイグル自治区で真正ラベンダー油を年間30トンくらい生産している。その大半はブルガリアと同様にフランスに輸出されている。それがどう処理されているかはおよそ想像がつく。

2014年12月3日水曜日

モツヤク(没薬)、ミルラ、マー | 精油・アブソリュート類を買うときには注意して!(35)

 モツヤク(没薬)、ミルラ、マー(Commiphora myrrha)油
 
 学名 Commiphora myrrha (Nees) Engler
    別名 C. abyssinica (Berg) Engler
       C. myrrha var. molmol Engler
 
 没薬樹は、カンラン科のミルラノキ属の低木で、多くはトゲを持ち、北東アフリカから、リビア、イラン、インドにかけての乾燥地帯・砂漠地帯に生育するじょうぶな植物。200にのぼる種類がある。この木の幹にできた裂けめ・傷から樹脂が滲出し、これが空気に触れて固まる。同じカンラン科のニュウコウ(乳香)とよく似ている。C. myrrhaをモツヤクジュ、C. abyssinicaをアラビアモツヤクジュと呼んで区別する。
 
 この固まった樹脂を採取して、水蒸気蒸留し、精油を得る。しかし、アロマテラピー用に使われる「モツヤク油」の大半は、実はこの樹脂をエタノールで処理したもので、アブソリュートといったほうが正しい。このアブソリュートは濃い赤褐色で、精油のほうは濃淡の差はあるが、こはく色をしているのと極めて対照的である。
 
 歴史 モツヤクは同じカンラン科のニュウコウ(乳香)とともに、古代エジプト・古代ギリシャ・古代ローマなどで、広く薫香として、油脂に溶かして香油として、化粧料として、エジプトではミイラ製作用剤として利用された。また、これを軟膏にして、疱瘡治療に、消毒・癒傷のために、消炎症目的のために人びとはこれをひろく用いた。
 古代ギリシャの市民たちには兵役の義務があったので、人びとは戦場でうけた傷の手当て用に、モツヤクの軟膏を皮の小袋に入れて戦いにおもむいた。アテナイ市民のたくましい哲人、ソクラテスももとよりそうしたはずである。古代ローマの兵士たちも、これを戦場に携行したと伝えられる。
 これが、幼な子イエスに乳香・黄金とともに捧げられたエピソードは有名だ(新約聖書、マタイ伝)。
 
 しかし、時代の変遷につれ、乳香とは対蹠的(たいせきてき)に、没薬の人気は薄れてしまった。これが薬剤として使いにくい(水には溶けないし、アルコールにも難溶)ものだったからかも知れないが、理由は判然としない。ある人は乳香を太陽に、没薬を月にたとえている。
 
主要成分(%で示す)
 クルゼレン         11.9
 クルゼレノン        11.7
 フラノエウデスマ-1-3-ジエン 12.5
 リンデストレン       3.5
 
・偽和の問題
 オポポナックス(オポパナックスとも呼ぶ芳香樹脂の1種)をまぜて増量することがよくある。また、アブソリュートを脱色して、貴重な「没薬油」でございといって売る人間もいる。くれぐれも、ご油断めさるな。
 
・毒性
 LD50値
   没薬の「精油」: ラットで1.7g/kg(経口)
            経皮毒性に関しては、まだテストされていない。
   没薬の「アブソリュート」: 経口毒性・経皮毒性とも未試験
 
 刺激性・感作性
  没薬の「精油」:ヒトにおいて8%濃度で、これらはいずれも認められなかった。
  没薬の「アブソリュート」:ヒトにおいて8%濃度で、これらはいずれも認められなかった。しかし、安息香(ベンゾイン)油に触れて接触皮膚炎をおこした患者が、没薬アブソリュートに接触して交差感作を生じた例が報告されている。
 
 光毒性
  この精油とアブソリュートとのいずれも、まだテストされた例を聞かない。
 
・作用
 薬理作用 モルモットの回腸で(in vitroで)強烈な痙攣惹起作用を示した。
 
 抗菌効果 きわめて弱いといわざるを得ない。25種の細菌にたいして有効性を示したのは、6例弱だった。食中毒の原因となるリステリア菌についても、実験に供した菌25種のうち、やはり6例しか有効性がみられなかった。これでは古代のギリシャ、ローマの兵士にも、没薬はあまり役立たなかったのではないか。
 
 抗真菌効果 多くの本に、これが水虫などの真菌症に有効だと記されているが、これは疑問である。試験の結果、抗真菌作用は極めて微弱、あるいは皆無であることがはっきりしている。市販のHow to本にだまされてはダメですよ。コピペにコピペを重ねた無責任な記述ばかりがヤタラに目につくこの頃だ。これに限らずね。
 
 その他 抗酸化作用は、没薬の精油においてもアブソリュートにおいても、まったく期待できない。
 
(付記)没薬は、たぶん他の香料と混ぜて薫香にされ、それが相乗的に働いて、精神を明るく高揚させ、無気力状態・疲労困憊状態を改善させたものと思う。カトリックの教会堂内の振り香炉は有名で、巡礼地として名高いスペインのサンチアゴ・デ・コンポステラに疲れきってたどり着いた信者たちの上で振り回される没薬その他を入れて発煙させた振り香炉は、プラシーボ効果もあるだろうが、それ以上の疲労回復効果が確かにありそうだと、その光景に接して私は感じた。

2014年11月19日水曜日

ユーカリ | 精油類を買うときには注意して!(34)

ユーカリ(Eucalyptus globulus)油
 
 ユーカリは、フトモモ科ユーカリ属の常緑の大高木で、実に700にも及ぶ種類があり、ほとんどがオーストラリアとタスマニア島とに分布する。しかし、現在では世界各地に移植されている。成木の葉を陽光などにすかして見ると、油点が見られ、葉をもみ潰すとそのエッセンスが強く香る。幹にキノ(kino)と称される赤褐色のガム(樹脂状物質で、オーストラリア原住民が薬として利用してきたもの)を滲出させることが多いため、英名ではユーカリプタスのほかに、ガムトリー(gum tree)という別名もある。
 19世紀にヨーロッパにも移植され、スペインなどがこの精油の生産地になっている。しかし、地中海沿岸で育つユーカリは、オーストラリアのユーカリほど高木にならない。オーストラリアでは、100〜150メートルもの樹高のユーカリがあるが、ヨーロッパのものは、せいぜい40メートルどまりである。日本では千葉県松戸市でユーカリが同市の木にされているが、日本の気候風土にはあまり合わないようだ。
 オーストラリアの珍獣コアラは、ユーカリの葉が主食だが、そのユーカリも数ある種類のうち、20種類ぐらいのユーカリのものしか口にしない。その理由も推測の域を出ていない。しかし、日本に移植したユーカリは食べてくれるので、動物園の飼育担当者がホッとしたというエピソードを聞いたことがある。
 
 ユーカリの代表格は、標記のE. globulusだが、そのほかにアロマテラピーで有名なのは、E. citriodora(レモンユーカリ)、E. radiata(ラディアータ種ユーカリ)である。
 
 学名 Eucalyptus globulus Labill.(ユーカリ)
     英名はsouthern(またはTasmanian) blue gum, fever tree, blue tree, gum tree
    Eucalyptus citriodora Hooker.(レモンユーカリ)
     英名はLemon scented gum, spotted gum
    Eucalyptus radiata R. T. Baker(ラディアータ種ユーカリ)
 
 精油の抽出 ユーカリの葉と小枝とを水蒸気蒸留して得る。
 
主要成分(%で示す)
          E. globulus   E. citriodora  E. radiata
 1,8-シネオール    90.8     0.6      84.0
  α-ピネン       6.1      0.8      1.6
 シトラール      0      85.0      0
 メントン       0      3.7        0
 シトロネロール    0      4.7        0
 α-テルピネオール   0      0         7.5
 p-シメン       0.8     0        0
 
  (付記)そのほか、E. macarthuriは70ないし80%のゲラニルアセテートを含有。
      E. polybracteaおよびE. smithiiはシネオールを90%も含む。
      なお、E. globulusの精油は、日本薬局方に収載されている精油のひとつである。
 
・偽和の問題
 アロマテラピーでよく用いられるE. globulus、E. radiataからは、大量にコストもかけずに精油が得られるので、偽和されることはあまりない。しかし、E. citriodoraの精油には合成したシトロネラールが加えられることが往々あり、E. smithiiの精油にも合成ゲラニルアセテートが添加され、増量されることがある。
 
・毒性
 LD50値
   E. globulus ラットで4.4g/kg(経口)  ウサギで>5g/kg(経皮)
   E. citriodora ラットで>5g/kg(経口)  ウサギで2.5g/kg(経皮)
   E. radiata 経口毒性・経皮毒性とも未試験
 
 刺激性・感作性
  E. globulusおよびE. citriodoraの各精油を、ヒトにおいて10%濃度で皮膚に適用したが、これらの毒性は見られなかった。
 
 光毒性
  E. globulusおよびE. citriodoraの両精油において、光毒性は皆無であった。
 
(付記)ユーカリ油(たぶんE. globulusだろうと思われる)を内用した例について報告する。3.5ないし21ミリリットルを経口摂取した人間が死に至った。また致命的ではなかったものの、この精油の内用によって、上胃部の灼けつくような痛み、吐き気、めまい、筋肉の弱体化、頻拍、窒息するような感じ、せん妄(知覚障害、思考・記憶の障害など)、激しい痙攣などにみまわれたケースは数多く報告されている。
 
・作用
 薬理作用 E. citriodora精油は、モルモットの回腸で(in vitroで)強い鎮痙作用を示した。同じ濃度でE. globulus油でテストしたが、そうした効果は見られず、E. radiataでは微弱な作用しか観察されなかった。
 
 抗菌効果 E. citriodora油は、5〜6種の細菌にたいして強い活性を発揮した。その他の種類のユーカリ油も、総じて抗菌・殺菌作用がある。
 
 抗真菌効果 E. citriodora油は、各種の真菌にたいして高い抗真菌・殺真菌活性を示した。ことにカンジダ・アルビカンス(Candida albicans)には、この精油が、E. globulus油・E. radiata油よりもはるかに有効であった。カンジダ症へのこの精油の適切な利用が強く示唆されるところである。 

2014年11月13日木曜日

〔コラム〕ペットへのアロマテラピーについて一言

 近ごろでは、少子化と裏腹にペットを飼う人間が異常というか、異様にふえている。
ペットとして飼養される動物のチャンピオンは、なんといっても、イヌとネコだろう。あとは、小鳥や魚類(古典的な金魚、あるいは熱帯魚、広い池が邸内にあればニシキゴイなんてところか)や、ゲテモノ好きにはヘビ・トカゲ・カメレオン・カメなどの爬虫類などもあげられるだろう。
 
 ここでは、イヌ・ネコに限ってお話ししたい。身近にこれらを飼っている人間がとくに多いからだ。
 では、本題に入る。
 私がアロマテラピーを足かけ30年前に日本に紹介してから、英国・フランス以上に、わが国ではそれこそ猫も杓子(しゃくし)もこの自然療法を、その実体を、その本質をろくに理解しないままもてはやすようになった。
 その結果、インチキな「アロマテラピー」がさまざまな形態で横行することになり、市販の「アロマテラピー用精油」の90パーセント以上が完全な偽物精油という状況が生まれてしまった。これについては、強調しすぎることはあるまい。
 
 日本人は、本当におとなしい。こんな精油で効果(プラシーボ効果以上の効果)が生じたら、キリストの復活以来の奇跡といってよい。高価な精油を購入し、それを自分の体に適用して効果がみられない場合、欧米人だったら精油の販売店に、精油のメーカーないし販売代理店にクレームをつけずにはおくまい。しかし、「お・も・て・な・し」の「美風」をよしとする大半の日本人は、それが中国産・韓国産のものだったら、目を三角にしてイキリ立つかもしれないが、おフランス産とかオーストラリア産とかいったラベルの精油・エッセンスになると、「アタシの体のほうが悪いんだわ」とムリヤリ自分を納得させてしまう。そして、この療法自体にムリがあるのではないかとの疑問を公けにするとか、「アタシの買った精油、本当にピュアなの? その証拠を見せてちょうだい」などと販売店にネジこんだりとかする行為には、まず絶対に走らない。私のようなヘソ曲がりは、千人に一人ぐらいなんだろう。
 
 しかし、その精油を使ったら、体調を崩してしまったと口に出していえる人間はまだよい。近ごろでは、自分の飼っているイヌ・ネコに、強引にアロマテラピーを施す人間がいる。よく考えてほしい。精油はテルペン類・アルデヒド類・テルペノール類・エステル類・ケトン類・酸類・フェノール類・オキシド類、例外的だが硫化物類などからなっている。人間の肉体は、これらを吸収してしかじかの効果を発揮させたのち、これらを代謝・分解し、排せつする働きが備わっている。むろんその精油が本物で、用法・用量が適切だったらの話ですよ。
 しかし、イヌ・ネコのような本来、肉食系の動物には、これらの成分のうち、代謝・分解できないものがあるのだ(代謝するための酵素がもともとつくれない)。それは、イヌ・ネコにとって毒物になってしまい、イヌ・ネコを病気にしたり、その命までも奪ったりしてしまう結果をもたらす。比喩として、穏当を欠くかもしれないが、ネコもヒトも体内で代謝分解できないメチル水銀が原因で、水俣病がおこったことを想起されたい。いま、たくさんのペットが、無知な飼い主の施す「アロマテラピー」の犠牲になって死んでいる。古い昔からの人類の友であるこうした動物たちの日本における実状を知ってほしい。
 
 半可通の、というより何も知らぬ人間の得手勝手なひとりよがりで「アロマテラピー」の犠牲にされるペットたちこそ哀れである。
 獣医師でもアロマテラピーについて、またそれを動物に施す際の的確な技術について十全に通じているものは、稀有といってよい。いままで、従来のさまざまな技術で動物の病気をちゃんと治してきた獣医たちが、何が悲しくて「アロマテラピー」などをいま慌てて採用する必要性が、必然性があるのか。
 
 結論として申しあげる。イヌ・ネコなどのペットを対象としたアロマテラピーは、不必要の一語に尽きる。