2014年6月24日火曜日

ネロリ(オレンジ花) | 精油類を買うときには注意して!⑲

以前から予定していた、ジャン・バルネ博士についての記事は、次回にまわさせていただきます。
可能であれば、バルネ博士がインドシナ戦争に従軍して負傷兵の治療にあたっている際の日本初公開の写真も載せたいと考えています。
高山 林太郎

ネロリ(Citrus aurantium ssp. amara 、別名 C. bigaradia)油
 
 原産地はインド。ただし現在の主要産地は、イタリア、フランス、モロッコ、チュニジアなど。
 抽出方法はビガラディアオレンジ(C. bigaradia)の花を蒸留して抽出。
 
主要成分(%で示す)
 リナロール      23.8
 リナリルアセテート  68.5
 ゲラニオール     5.9
 リモネン       痕跡量
 
 以上はもとよりいちおうの目安であることは、いうまでもない。市場に出まわっているもののほとんどは合成成分をテンコ盛りしたニセモノと考えてよい。こうしたニセモノ精油はホンモノの、つまりピュアなネロリ油とは成分がおよそ異なっている。リナリルアセテート(もちろん合成品だ)だけしか入っていない、ひどい「ネロリ油」もたくさん売られている。こんなことをする悪人どもは、ガラスをダイヤと偽って販売する奴らと完全に同罪だ。つまり詐欺師だということである。こんな連中が逮捕されないのは、警察・検察関係者がこの方面の知識を学ぼうとしない、税金泥棒の集団だからである。ひどい冤罪(えんざい)はさんざんデッチあげるくせにね。
 
・偽和の問題
 ホンモノのネロリ油は値が張るので、上述のようにニセモノで市場は占拠されているといってさしつかえない。むかし、この精油を愛してやまなかったイタリアのネロラ公国のアンナ=マリア公妃がもし現代の「ネロリ」油を嗅いだら、鼻をつまんで逃げ出すだろう。
プチグレン油をネロリ油と詐称して売る奴らも多い。プチグレン油のテルペノイド類を抽出し、そこにビターオレンジエッセンス、合成リナロール、合成リナリルアセテート、合成ネロール、合成ネロリドール、合成フェニルエチルアルコール、合成デカノール、合成ノナナール、合成イソジャスモンなどをまぜて平然として売っている悪党はザラだ。誰も取り締まらないからね。
 
・毒性
 LD50値
  ラットで4.5g/kg(経口)
  ウサギで>5g/kg(経皮)
 
 刺激性・感作性
  ヒトにおいて4%濃度で、これらはいずれも認められなかった。
  マウス、ブタにおいても刺激性はみられなかった。
 
 光毒性
  なし。
 
・作用
 抗菌効果 ネロリ油は、ホンモノだったらフェノール(石炭酸)の5.5倍もの殺菌力がある。殺菌作用のスペクトラムも広い。
 
 抗真菌効果 かなり強力。ことに植物を病気にする真菌に対する効果にはみるべきものがある。
 
 その他 ネロリ油はジヒドロストレプトマイシン(抗生物質)と併用すると、人為的に結核を発症させたモルモットに若干の治癒力を発揮した。大したこともない研究結果だが、いちおうご報告しておこう。 

2014年6月17日火曜日

ナツメグ | 精油類を買うときには注意して!⑱

ナツメグ(Myristica fragrans)油
 
 ナツメグは肉荳蔲(にくずく)といわれるニクズク科の高木で、樹高は10メートルぐらいになる。雌雄異株で黄白色の花を咲かせ、球形の液果をつける。正確には、この種子の仁(にん)がニクズクで、香りがあって、中国人は7〜8世紀ごろからこれを薬用にしていた。健胃作用を利用したのである。ヨーロッパ人がこのニクズクすなわちナツメグを香味料として使いはじめたのは15世紀以降(中国人は香味料としては後代までこれを用いなかった)である。
 このニクズクの実を蒸留抽出した精油がナツメグ油で、淡い黄色を帯び、強い芳香を放つ。
 
 原産地は、インドネシア、マレー半島、スリランカ、パプアなど。
 この熟した実を前述のように、乾燥させたのち蒸留して精油をとる。
 
主要成分(%で示す)ウエストインディアン種とイーストインディアン種とがある。この2種は、それぞれ若干の成分差がある。
           ウエストインディアン種   イーストインディアン種
 α-ピネン         10.6〜13.2        19.2〜26.5
 β-ピネン          7.8〜12.1          9.7〜17.7
 サビネン         43.0〜50.7        2.2〜3.7
 ミルセン         3.4〜3.5         2.2〜3.7
 α-テルピネン        0.8〜4.2         0.8〜4.0
 リモネン          3.1〜4.4         2.7〜3.6
 1,8-シネオール      2.3〜4.2          1.5〜3.2
 γ-テルピネン       1.9〜4.7          1.9〜6.8
 テルピネン-4-オール    3.5〜6.1        2.0〜10.9
 エレミシン        1.2〜1.4        0.3〜4.6
 ミリスチシン       0.5〜0.9        3.3〜13.5
 
 イーストインディアン種ナツメグのほうが一般に調香師に好まれる。
 
・偽和の問題
 合成したモノテルペン類(ミルセン、カンフェン、テルピノレン、ピネン)を加えたり、ティートリー油や各種の植物から安上がりに抽出したミリスチシンを入れたり、脱テルペンしたナツメグ油のテルペン類を再利用して増量することが、ひんぱんに行われているのが現状と思って頂きたい。
 
・毒性
 LD50値
  ラットで0.6 - 2.6g/kg(経口)
  マウスで5g/kg(経口)
  ハムスターで5g/kg(経皮)
  ウサギで>10g/kg(経皮)
 
 刺激性・感作性
  ヒトにおいて2%濃度で、これらはいずれも認められなかった。
 
 光毒性
  試験例は報告されていない。
 
 注 ナツメグの毒性は、主としてそのミリスチシンに由来する。その毒性の強弱は、ミリスチシンの含有量に依存する。ナツメグを挽いた粉を多量に服用すると、幻覚を見たり、視覚障害が生じたり、錯乱状態になったり、異常な睡眠状態を誘発したりする。
 また、ナツメグを過剰摂取すると、嘔吐を催したり、顔面潮紅をおこしたり、ドライマウスになったり、癲癇様の発作をおこしたりする。
 これは中枢神経系に異常が起きるためである。
 
・作用
 In vitroで試験した結果、モルモットの回腸で激しい痙攣惹起作用を示した。サルにミリスチシンを投与したところ、運動機能障害と失見当識(自分がいまどこにいるか、相手が誰なのか、どうしてここにいるのか、人間だったら何者なのか、いまは何年何月何日なのか、といった認識ができなくなってしまう状態)とが生じた。ネコにミリスチシンを与えると、モルヒネを投与した場合と同様な興奮状態を呈したという報告もある。
ただし、実験ザルの失見当識というものがどういう症状を呈するのか、私にも見当がつかないが。
 
 抗菌効果 この作用は極めて強力。
 
 抗真菌効果 さして強力ではない。
 
 抗酸化作用 相当強力な抗酸化作用がウエスト・イースト両種のナツメグの精油において報告された。
 
・用途
 ナツメグ油と、それが含むミリスチシンとエレミシンは、ヒトに対して鎮静効果を発揮し、気持ちを鎮め、安心させる力がある。ナツメグ油は、駆風作用がある(あまりアルコール度数の高くないアルコール飲料〔1mlぐらい〕に、その10%程度のこの精油を入れて飲用する。腸内ガスが屁となって排出される)。ナツメグ油は、プロスタグランジン(多くの組織中にある生理活性物質の1種。降圧作用・気管支収縮・子宮収縮・血管収縮およびその正反対の血管拡張・血小板凝集の誘発またはその阻害・免疫抑制・利尿・睡眠誘発などさまざまな効果を示すホルモン様物質)の合成を阻害する働きがある。これに関連して、プロスタグランジンのせいでおこる下痢症状をなおしたケースが多々報告されている。
また、ナツメグ油は血小板の凝集を阻害することが in vitroで認められている。したがって、冠状動脈血栓症などに効果がありそうに思われる。
さらに、ナツメグ油は獣医学でも用いられてきている。用途は多岐にわたるが、とくに下痢に有効だそうである。 

2014年6月10日火曜日

〔コラム〕アロマテラピーのためのフランス語講座のおすすめ

 香りの王国は、なんといってもフランスですね。アロマテラピーがフランスで生まれたのも、当然だったのです。
 
 そこで、みなさんに、私から提案があります。
 アロマテラピーで使われるフランス語を勉強なさいませんか。
 例えば、フランス語ではラベンダーのことを「lavande(ラヴァンド)」、ローズマリーを「romarin(ロマラン)」と言います。ラベンダーは「洗う」というラテン語に由来するということ、ローズマリーのフランス名の一部「marin」が「海の」を意味することなど、このような知識をいろいろ広げるのはとても楽しいことです。 
 
 アロマテラピーで使用される精油・エッセンスの原料植物の名前や分析表に出てくる用語などを正しく覚え、それを美しく正確に発音することを勉強しましょう。また、アロマテラピーに関連する技術・人物名などをフランスではどう言っているかを知れば、あなたの愛する香りの世界、アロマの宇宙はいちだんとひろがるに違いありません。
アロマテラピーを人に教えている方も、フランス語の名前の意味や、発音の方法を通して、歴史や人名などの知識が立体的に結びついていると、教える場合にも役に立つことでしょう。
  
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 私は、あなたのために、その楽しい講座を開催したいと思います。
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ディル(イノンド) | 精油類を買うときには注意して!⑰

ディル(Anethum graveolens L.)油
 ユーロピアン・ディル・ハーブ油(全草油)
 ユーロピアン・ディル・シード油(種子油)
 
インド・ディル(Anethum sowa Roxb.)油
 シード油(種子油)
 
 いずれもセリ科の1〜2年草。和名はイノンド。この全草、または種子だけを水蒸気蒸留して精油を抽出する。
 原産地:ハンガリー、フィンランド、その他のヨーロッパ諸国、ならびにインドなど。
 
 古くから香味料として用いられてきた植物で、春にタネをまき、7月ごろ未熟なときに収穫して、干して追熟させて、果実をとる。この果実の種子はソースやカレーなどにまぜて、パン・ケーキ等の香り付けに利用する。
 中国伝統医学では、この種子を「蒔蘿子(じらし)」と呼び、駆風剤・興奮剤などに使う。
 また、ヨーロッパではディルの若葉を摘んで、スープ、ソース、ピクルスの香り付けに用いる。
 日本には江戸時代にヨーロッパから入ってきた。このスペイン語eneldoから、日本語としては奇妙な響きをもつ「イノンド」ということばができた。
 
主要成分(%で示す)
           全草     種子    インド・ディル種子
 リモネン     20〜65  40〜68  11〜34
 α-フェランドレン 3〜58   0.4〜30   4〜11
 カルボン     0.2〜2    54    30〜49
 ジヒドロカルボン 1〜5    0.5〜5    0.1〜11
 ディルアピオール 0〜55    20    3〜67
 (正確には、3,9-オキシ-p-メント-1-エン)
 ミリスチシン   0〜7    0〜7     痕跡量
 
 
・偽和の問題
 合成したリモネンで稀釈したり、合成カルボンやキャラウェイ(ヒメウイキョウ)油を添加したりして増量するケースがひんぱんにある。
 
・毒性
 LD50値 標記の2種とも同じと考えてよい。
  ラットで4g/kg(経口)、ウサギで>5g/kg(経皮)
 
 刺激性・感作性
  ヒトにおいて4%濃度で、これらはいずれも認められなかった。
 
 光毒性
  なし。
 
・作用
 ユーロピアンディル油は、体外に取り出したモルモットの回腸で(すなわちin vitroで)、まず強い痙攣惹起作用を発揮し、ついで鎮痙作用を示した。
 ディルアピオールはネコの子宮にたいして鎮痙作用をあらわした。これを多量に投与したところ、子宮が麻痺した。
 
 抗菌効果 いろいろな研究によって、ディル油(全草油・シード油とも)は広いスペクトラムにわたってかなり強力な抗菌力を示すことが判明している。
 
 抗真菌効果 全草油もシード油も、強力な抗真菌効果がある。
 
 ユーロピアン・ディル油(全草油・シード油とも)は抗酸化作用は認められない。
 
 CNVの波形では、ディル油はみな鎮静作用があることがわかっている。
 Anethum graveolensのシード油ならびにA. sowa油は、いずれも乳児・小児・妊婦には禁忌(神経毒性があり、また流産をひきおこしかねない恐れがあるとされる)。 

2014年6月3日火曜日

ティートリー | 精油類を買うときには注意して!⑯

ティートリー(Melaleuca alternifolia)油
 
 フトモモ科の木本ティートリーの主要なものは
  学名:Melaleuca alternifolia terpinene-4-olifera
     M. linariifolia cineolifera
     M. dissiflora
     M. radiata
  その他にも多くの種類がある。
 
 葉・小枝を水蒸気蒸留して得る。原産地はオーストラリア。
 
主要成分(%で示す)Melaleuca alternifoliaの場合
 α-ピネン       2.2
 α-テルピネン     7.5
 1,8-シネオール       5.6(以上。多くても15%未満)
 γ-テルピネン     17.5
 p-シメン        3.0
 テルピネン-4-オール 45
 α-テルピネオール    2.7
 テルピノレン      3.1
 
 以上の数字は、あくまで一つの大まかな目安と考えて頂きたい。ティートリー油は、その原木の種類によりその成分には大きな差があるからだ。ケモタイプも多い。当然それらの成分には多大な差が生じる。オーストラリアの当局ではテルピネン-4-オールの成分比を基準にM. alternifoliaのスタンダードを定めている。
 
・偽和の問題
 テルピネン-4-オールの比率を当局がスタンダードとしているために、さまざまな変種からこの成分を抽出して、その基準を満足させないM. alternifolia油に、ほかの変種から抽出したテルピネン-4-オールを添加したり、各種のテルペン類を加えて偽和するケースが多い。
 
・毒性
 LD50値
  ラットで1.9g/kg(経口)、ウサギで>5g/kg(経皮)
 
 刺激性・感作性
  ヒトにおいて1%濃度で、いずれも認められない。
 1,8-シネオールは感作性があることで知られている。したがって、1,8-シネオール分があまり多いものは、これを人為的に減らしている。
 ティートリー油の一部は、一時食品添加物として認められていたこともある(現在はどうか知らないが)。
 
 光毒性
  報告された例はない。
 
・作用
 モルモットの回腸において(in vivoで)、はじめ痙攣惹起作用を示し、次いで鎮痙作用をあらわした。
 
 抗菌作用 そのティートリー油の成分に依存して、変動がある。1,8-シネオールは抗菌力は弱いが、テルピネン-4-オールの抗菌力は強力で、p-シメンはさらにいちだんとその力が強い。したがって、量的に少なくても、この作用は無視できない。ティートリー油は広いスペクトラムの抗菌・殺菌作用を発揮する。私はラベンダー油よりも(用途によりけりだが)多くのケースでティートリー油を勧めている。
 
 抗真菌効果 Candida albicans(カンジダ菌)を含む多種多様の真菌に対してパワフルな効果がある。
 
 抗酸化作用 なし。
 
・その他の用途
 皮膚炎に対して5%濃度で患部に塗布して効果があったという報告がある。また、歯磨きに際して、このティートリー油を使用すると歯周病・虫歯の予防になる。
 また、日本には幸いにしていないがオーストラリアなどに生息する毒グモ、また日本にもいる毒ヘビに咬まれた場合、手早く毒を吸い出してからティートリー油をつけると有効である。もちろん念のためそのあとで医師に診てもらうことは言うまでもない。水虫に効き目があるし、やけどにはラベンダー油よりも効果がある。ティートリー油は、オーストラリア人の家庭の常備薬となっている。 

2014年5月28日水曜日

『ジャン・バルネ博士の植物=芳香療法』はどうして復刊されないできたのか

高山林太郎
 
 現代アロマテラピーの医学的・科学的な基盤を築いた偉人といえば、フランスのジャン・バルネ医学博士をまっさきにあげる人は、日本でもヨーロッパでもたくさんいるでしょう。
 
 博士の名著 ”AROMATHÉRAPIE - Traitement des maladies par les essences de plantes” 邦訳題名『ジャン・バルネ博士の植物=芳香療法』は、私が30年以上もむかし、苦心に苦心を重ねて翻訳した、私にとって記念碑的な書物です。しかし、アロマテラピーのアの字も見たことのない日本人にこの療法を初めて紹介するには、フランスで10回以上も版を重ねた一般人向けの本とはいえ、むずかしすぎました。
 
 そこで、いろいろな問題点はあったものの、英国人、ロバート・ティスランドの ”The Art of Aromatherapy” (邦訳題名『アロマテラピー―〈芳香療法〉の理論と実際』)を最初に訳出・刊行することで、いままで日本人のほとんどが知らなかったアロマテラピーという、芳香植物の精油を利用する新しい自然療法を知らせるよすがにしようと考えたのです。
 
 「生活が苦しかったから、ロバートの著書を訳したんだろう」などという、ゲスな人間の批判もインターネットで見ました。アホな人間は、自分の下劣な考えを、こともあろうにこの私も同じように抱くとしか思えないのでしょう。思えば、気の毒な人です。自分がバカだからといって、世の中の人間すべてが自分と同じレベルのバカだなどとしか考えられない人間は、ホモ・サピエンス(人間)の名に値しません。反論する気もおきません。私はイヌ・ネコなみの動物とけんかするほど、悪趣味ではありません。
 
 私は当時、フランスからハーブを輸入する会社の研究開発部長を勤めていて、それなりに高給を食(は)んでいました。このころの私は、フランス・英国そのほかのヨーロッパ諸国のハーブ類の薬効の研究に、日夜いそしんでいました。当時、ハーブというものに興味を寄せる女性たちが多くなりはじめていました。でも、当時、西洋の薬用植物の薬理的な効果については、私ほど知識を持っていた人間は、たぶんほかにあまりいなかったと思います。
 
 さて、ある日のこと、某出版社の社長が「アロマテラピー」という新たなヨーロッパ生まれの植物療法の一種を紹介したいのだが、翻訳して頂けまいか、といって十数冊の英仏の原書を私のもとにもってきて、相談に乗ってほしいと依頼しました。私は、びっくりしました。私自身、アロマテラピーを新しい植物療法として捉え、これに深い興味を寄せて、すでにジャン・バルネ博士の前述の書物を訳し、知り合いの医師たちに読んでもらい、感想を尋ねてまわっていたのですから。
 
 もし、このとき私がジャン・バルネ博士の本の訳稿を、この出版社社長に「これを刊行して下さい」と頼んでいたらどうだったでしょうか。たぶん、全国で100冊も売れなかったでしょう。そして、今日のようにイヌ・ネコなみの動物まで「アロマテラピー」などと口にする世の中になっていなかったにちがいありません。
 でも、このときは何をおいてもまず、「アロマテラピー(芳香療法)」ということばそのものを知る人間を、一人でも増やすことが、なんとしても必要でした。私のこのときの決断が正しかったのか否かは、歴史が決めてくれるでしょう。いまの私は「功罪相半ばする」と考えています。
 
 ロバート・ティスランドの本は、ジャン・バルネ博士の「科学的な精神を逸脱しない」著書をネタ本にして、英国の大衆に俗うけするように、ホメオパシー・バッチ療法・占星術などをそこにおもしろおかしくまぶし、古代や中近世などのヨーロッパの医療をめぐる歴史をいわば講談調にまくしたて、オカルト的に中国伝統医学までとりあげて人を煙に巻き、根拠も明らかにせず「精油のレシピ」集などを並べました。
 ロバート・ティスランドは、バルネ博士の英訳本(英国ではほとんど売れませんでした)をパクって、その科学性などすっかり無視したわけですが、そのかいあってか(?)、英国の低俗な雑誌の編集者たちがこの本をおもしろがり、このネタをうまく使って、自分たちの雑誌の読者の関心を呼んで雑誌の販売部数をぐんと増大させようと企て、競ってロバートのこの本を話題にとりあげ、aromatherapy(アロマセラピー)という新しい言葉を英国全土にはやらせました。
 
 ジャン・バルネ博士は何度か英国を訪れていますが、博士はロバートのこの本を見て、すぐにこれが自分の本を換骨奪胎(かんこつだったい)し、自分が提唱した科学的アロマテラピーをふみにじったものだと知って憤慨し、正しくアロマテラピーが伝わらなかったことを悲しみました。せっかく訪英したバルネ博士に、ロバートは全く会おうともしませんでした。
 ロバートがフランス語など話せも読めもしない無教養な人間だったこともあるでしょうが、やはり博士に会わせる顔がなく、博士と通訳を介しても内容のある話ひとつ交わせないヒッピー崩れの、およそ知性において欠けた男だったからです(金にあかせてブレーンやゴーストライターなどを何人か使って、もっともらしい本を出していたのだと、故・藤田忠男博士は言っていました)。
 
 しかし、ロバート・ティスランドの俗流書を先に出版したために、日本でも「アロマテラピー」、「アロマセラピー」ということばが流行しはじめ、私がその出版社から出したいろいろなアロマテラピー書がひろく売れはじめました。
 
 そして、ようやくジャン・バルネ博士の前述の本が出せるようになりました。日本の人びとも、ロバートの著書よりも程度の高いアロマテラピーの書物を求めるようになったからです。
 
 この本は、同社で3000部ほど出しました。まもなく売り切れました。当然、版を重ねるべきなのに、同社の編集長は、訳者として当然の権利として私が受けとった数冊の翻訳書まで返せと要求してきました。もちろん、私は断りました。
 
 すると、この出版社の編集長と社長とは、見本に残しておいたバルネ博士の著書をコピー機で何百部か何千部かわかりませんが、まるまる一冊分コピーして、この定価7500円の本をなんとワンセット一万円でどんどん注文者に売ったのです。どれほどもうけたのだろうか。これは当然帳簿上には記載できない数字です。脱税の罪も立派に成立しますね。でもウラ帳簿などは今ではとっくに処分してしまったはずです。
 
 これは、日本とフランスとの両方の著作権管理会社にたいするひどい契約違反ですし、日本語版の翻訳・著作権者である私にたいする手ひどい背信行為です(私は、80年代から90年代にかけて私の本でここの社長・社員を食わせていたのです)。編集長がノータリンだったので、コピーしてこの本をどんどん販売していることをうっかり口走ってしまって、私にことの次第がばれてしまいました。コピーじゃダメだ、本をくれという注文者がいたので、私に渡した本を返せなどと言ってきたわけです。ある人が言っていましたが、コピーしたこの博士の本に、無断転載複写禁止と印刷されていたらお笑いですね。
 
 これで、この出版社は大儲けしかたどうかわかりませんが、コピーを買った人間が日仏両方の仲介業者にこの事実を知らせ、結果として、ジャン・バルネ博士もこの同社の悪事を知ることになり、博士は激怒して、二度と日本人などに自分の著書を訳させるものか、と身近な人びとに言っていたそうです。
悪事千里を走るとは、まさにこのことでしょう。
 
 私の厳重な抗議など、まったく無視してコピー商売を続けたこんな会社の幹部たちは、出版人の風上にもおけないヤクザ・泥棒同然の人間でなくてなんでしょう。なるほど、この犯罪行為はもう時効です。いまさらなにをいっても、顔に小便をかけられたカエルのようにケロリとして、この悪党どもはしらじらしい態度をとることは容易に想像できます。
 でも、このブログをごらんになった方々は、日本のアロマテラピーを推進させてきたと称する出版社が、倫理とか道徳とかといったものをまるで忘れたどんなに汚ない会社かがよくおわかりかと思います
 
 この犯罪には、上述のように時効の壁があって、いまさらどうにもなりますまい。しかし、国際的な道義を踏みにじり、日本と日本人の顔とに泥を塗った同社のこの悪行は、決して決して忘れないで下さい。
 
 私が無念でならないのは、この私が、翻訳者であるこの私までが、この悪事に加担したと、私の尊敬してやまないジャン・バルネ博士に思われてしまったこと(訳者なのですから当然です)、そして博士に、私が同社に厳重に抗議して、この悪党どもが不当に儲けた不浄の金などビタ一文も手にしなかったと弁明する機会もないまま、あの世に行かれてしまったことに尽きます。
 
 
 しかし、パンドラの箱に希望は残りました。
 バルネ博士の家族関係はかなり複雑で、博士の死後数年して博士夫人も死去しましたが、その有形無形の遺産の相続問題が穏便に片付いたら、話はまた変ってくるでしょう。ジャン・バルネ博士のこの不朽の名著の復刊を願ってやまない方がたは、その日をぜひとも楽しみにお待ち下さい。 

2014年5月21日水曜日

タイム | 精油類を買うときには注意して!⑮

タイム(Thymus vulgaris)油
 
 シソ科の小低木(生長してもせいぜい30〜40cmぐらいにしかならない)タイムは、昔からヨーロッパでひろく薬用され、また料理の香味料として使用されてきた。
 
 タイムには、さまざまなケモタイプがある。その主要なものをあげる。
 
 Thymus vulgaris L. geranioliferum(ゲラニオールケモタイプ)
  モノテルペノールのゲラニオールを主成分とする。
 Thymus vulgaris L. linaloliferum(リナロールケモタイプ)
  モノテルペノールのリナロールを60〜80%含有する。
 Thymus vulgaris L. paracymeniferum(パラシメンケモタイプ)
  モノテルペンのパラシメンが主要成分。
 Thymus vulgaris L. thujanoliferum(ツヤノールケモタイプ)
  モノテルペノール類の(+)-トランスツヤノール-4,(+)-テルピネン-1-オール-4,(-)-リナロールを合計50%含む。
 Thymus vulgaris L. thymoliferum(チモールケモタイプ)
  テルペンフェノール類(チモールおよびカルバクロール)を成分にもつ。
 
 そのほかに、セルビルムあるいはワイルドタイムと呼ばれているものがある。学名はThymus serpyllum L. という。タイムと成分上、大差はない。
 
 また、スパニッシュタイム、別名レッドタイム、ホワイトタイム、スウィートタイムなどという呼び方もある。
 いずれも、タイムは生乾きのものを水蒸気蒸留して精油を抽出する。タイムの産地は、スペイン、フランス、イタリア、トルコ、東欧諸国、米国など。日本のイブキジャコウソウはセルピルムのごく近縁である。タイムは和名をタチジャコウソウという。
 
 ごくふつうに「タイム」といっている、レッドとホワイトとの両タイムの2種の分析結果をを次に示す。
 
主要成分(%で示す)
レッドタイム(チモールケモタイプ)
ホワイトタイム、別名スウィートタイム(ゲラニオールケモタイプ)
 
          レッドタイム   ホワイトタイム(スウィートタイム)
 チモール      45〜48     0
 カルバクロール   2.5〜3.5      0.7
 ゲラニオール    0         30.4
 ゲラニルアセテート 0         50.1
 β-カリオフィレン  1.3〜7.8        4.1
 α-ピネン       0.5〜5.7      0
 p-シメン        18.5〜21.4       0
 1,8-シネオール       3.6〜15.3        0
 テルピノレン    1.8〜5.6        0
 
 以上は、いちおうの目安とお考え頂きたい。タイムには地方によってさまざまなケモタイプ、品種、変種がたくさんあり、その成分も資料によって大きな差がある。市販のタイム油の大半は、いわゆるレッドタイムとホワイトタイムである。60%をこす量のチモールを含有するレッドタイムを精留したものがホワイトタイム。
ふつうは、レッドタイム油を「タイム」油の代表格にしている。
 
・偽和の問題
 市販の「タイム」油というのは、実はオリガナム油その他の精油を増量剤として加えた商品が大部分である。ことにホワイトタイム油には、パイン油のカスみたいな留分、ローズマリー油、ユーカリ油、オリガナム油、いずれも合成したテルピネオール、p-シメン、ピネン、リモネン、カリオフィレンなどをうんと加えているのがふつうだ。牧 伸二じゃないが、書いていて「あ〜あ、やんなっちゃった」といいたくなる。
 
・毒性
 LD50値 ー レッドタイム
  ラットで4.7g/kg(経口)、ウサギで>5g/kg(経皮)
 
 刺激性・感作性 ー レッドタイム
  ヒトにおいて8%濃度に稀釈して皮膚に塗布したケースで、いずれもこれらは生じなかった。しかし、実験動物の皮膚に未稀釈でこの精油を適用したところ、激烈な刺激性を示した。
 
・作用
 レッドタイムの精油は、モルモットの回腸にin vivoで痙攣を惹起することがわかっている。
 
 抗菌・殺菌作用 レッドタイム油は広範囲にわたって、殺菌・抗菌効果がきわめて強力である。しかし、ホワイトタイム油の方は、それほど抗菌・殺菌力は強くない。レッドの半分くらいである。
 
 抗真菌作用  レッド・ホワイトの両タイム精油とも、かなり強力。
 抗酸化作用  かなり強力である。
 CNV(随伴性陰性変動)のデータを見ると、タイム油には刺激効果があることがわかる。
 
・用途
 タイム油は、洗口液、うがい薬、せき止め、のどの痛み止めによく用いられてきた。私も子供のころ(つまり敗戦直後)これを入れた「チミッシン」というカゼ薬をよく飲んだ。甘みがあっておいしかった。当時、甘味に飢えていた私は、チミッシンのほかに、母の唯一の化粧品だったグリセリンなどもなめた記憶がある。
オリーブ油その他の植物油にタイム油を入れて、引赤剤にし、刺激痛を鎮静させるのにも使ったりする。